錆びたナイフ

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2025年10月8日
[本]

「アレルギー」 テリーサ・マクフェイル


「アレルギー」



数多くの医師や患者とのインタビュー、広範な医学的知見を積み上げた、500ページにおよぶ大著である.
これを読めばアレルギーのすべてがわかる?
いや、わからない.

父がアナフラキーショックで亡くなった話から始まり、著者は、アレルギーで苦しむ患者によりそって、丹念に治療法を探求する.
アレルギーを生み出す免疫の仕組みも説明しているが、私が読んだ「 免疫の意味論」ほど詳しくはない.
その仕組みはかなり複雑で、結核の原因は結核菌である、というような単純な因果関係はない.
同じアレルゲン(アレルギーを発症する物質)に対して、人間の反応はまちまちで、つまり誰にでも当てはまる原因がないので、治療法にも決定打がないという.

100年前に「アレルギー」という言葉が生まれた.
つまりそれまでそんな病気はなかった.
『アレルギー症状――鼻水、目の痒み、肌のひりつき、胃の不調、腸の惨めな状態、食道の腫れ、肺の炎症、そして呼吸困難――は、私たちに何か重要なことを伝えようとしている。』
しかしこの本は、人類学や文明論を語るものではない.

アレルギーとは何か.
『あなたの免疫系が通常なら無害な物質に対して過度に活発な反応を示すということだ。』
と著者はいうが、このいかにも何気ない定義は、意味不明だ.
「過度に活発な反応」は「死に至る」というケースもあるということ.
「通常なら無害」とは、そもそも「無害」とは、いったい何のことか.

アレルギーに関して、この書には実に多くの原因と対策が記述されている.

『一卵性双生児の2人にピーナッツアレルギーが共通していた例は6%にすぎなかっだ。
 また、二卵性双生児の2人に食物アレルギーが共通していた例は100%だった。』
だから、アレルギーは遺伝子に依存しない?

『犬と一緒に暮らす子供と大人は喘息と肥満のどちらのリスクも低く、それは犬たちが家に持ち込む細菌への間接的な曝露のおかげではないかと考えられている。』
『乳幼児をペットおよび害虫に由来する高濃度の室内アレルゲン(具体的には、ゴキブリ、ネズミ、猫のアレルゲン)に曝露させると、7歳までの喘息発症リスクが下がることが示された。』
『確実だと思われるのは、幼児期早期からの家畜への曝露が、後の人生におけるあらゆるアレルギーの発症リスクを劇的に下げるということだ。』

これらは「清潔すぎる」人々がアレルギーを発症するという「衛生仮説」を裏付ける話だ.
しかし、猫の毛で目の周りが赤く腫れ上がる、猫アレルギーの子供は、どうしたらいいのか.

『ヘリコバクター・ピロリという種が科学者たちによって発見されたのは1982年のことだが、この細菌が私たちの体に棲みつきはじめたのはずっと以前(およそ6万年前)だとの推測がある。』
『それが、一般的な感染症の治療のためにペニシリンなどの抗生物質が処方されるようになったことで、ピロリ菌がヒトの胃腸から消えはじめた。』
『ピロリ菌を持つ人と持たない人の胃は免疫学的に異なり、ピロリ菌を持つ人々は胃腸の中の調節性T細胞(Treg)の数が多いのではないかとの考察もある。
 これは重要な話だ。というのも、調節性T細胞は私たちの炎症性免疫反応を鎮める上で欠かせない役割を果たすからだ。』

ピロリ菌はガンの元になるので退治すべき、ではなかったのか?

『2歳未満で抗生物質を投与された子供たちは喘息、呼吸器アレルギー、湿疹、セリアック病、肥満、ADHDのリスクが高いことを見出した。』
『帝王切開と抗生物質の両方が、乳幼児期の腸内微生物叢の変化とアレルギーリスク上昇と相関していることが見出された。』

つまり、通常分娩で生まれること、母乳で育てること、幼児期に抗生物質を投与しないこと、動物(家畜やペット)と一緒に暮らすこと、過度に清潔な生活をしないことが、アレルギーにならない秘訣ということになる.
これらの基本原理は、乳幼児期に作られる腸内微生物叢(腸内細菌)が、人間の免疫力に大きな影響をもっている、ということである.
ただし、帝王切開で生まれミルクで育った赤ん坊が、必ずアレルギーになる、というわけではない.

最近注目を浴びている「免疫療法」は、時間をかけて少量のアレルゲンを患者に投与することで、免疫寛容を確立する治療法だが、この方法は、治療をやめると症状が戻ってしまうという.
『この治療を巡る誇大広告と希望に反し、経口免疫療法は食物アレルギーに対する完璧な長期的解決策ではない。』

ほんのささいな手違いで、ピーナッツを数粒食べて亡くなったアレルギー患者の話には慄然とする.
それは、事実上この世で生きていけない、ということを意味する.
この書には、アレルギーに苦しむ人々と、それに対応する医師や科学者たちの奮闘と、社会がなすべき対応例が数多く記されている.
しかしどれもこれも、場合によっては効き目があり、場合によっては効力がないという.
なんともはがゆい.

『アレルギーを抱える人々は環境変化という炭鉱におけるカナリアのようである。』
億人単位の患者は、もはや「カナリア」ではない.
ではどうすべきかという問いへの答えは、
『(A)特に違ったことはせず、成り行きを見つめる。
 私たちの免疫系が21世紀の暮らしに圧倒され、かつその暮らしに見合った訓練を受けていない状態が続くため、アレルギーは悪化していく。
 (B)自分たちがアレルギー蔓延の要因の大部分を引き起こしていることを認識し、日々の暮らし方を集団として考え直す。
 その結果、より持続可能な生き方へと移行し、私たちの周囲の環境に対する関係性を丸ごと変えていく。』

著者のこの結論はお粗末だと思う.
(A)「その暮らしに見合った訓練を受ける」?
(B)「私たちの周囲の環境に対する関係性を丸ごと変えていく」?
いったいどうやって?
ここに至って、著者は呆然と立ちすくんでいる.
どうしていいのかわからない、のである.

公的な機関が発見した免疫の基礎的な研究成果を、製薬会社が製品化し、莫大な利益を生んでいることに、著者は不満をあらわしている.
資本主義にとって、戦争も平和も病気も健康も、ビジネスの対象である.
アレルギーが現代社会の負の側面であるというなら、その病も治癒も資本主義と一体になる.

アメリカには、日本のような国民皆保険制度がなく、貧困層は十分な医療を得られない.
同時に彼らは、大量生産されたジャンクフードやドラッグ、アルコール依存など、免疫の質を下げる環境にもさらされており、それがアレルギー患者を生む.
アレルギーは、単に痒いとかくしゃみが出る、ということではなく、生活の質(QOL)を下げる.
そのことは、総じて人間の社会そのものの質を落とし、それを解決できないことが、現代アメリカの根本に横たわっている.

アレルギーの根本原因は、現代が生み出した環境の変化に、人間の身体がついていけないことにある.
ならば、環境をもとに戻すのが最善の策なのだが、著者は結局、環境ではなく人体の側を、医学の力で改変しようとしている.
アレルギーに対処する新たな薬が生み出されると同時に、新たな化学物質も次々と生み出され、人類は、医療にその身をゆだねてかろうじて生き延びる、それがわれらの未来だ、ということになる.

この本を読んで感じるのは、身体が免疫を通して「食物」と「毒物」の区別ができなくなることと同じく、人間自身も(著者も)「生きる」ということがわからなくなっている、ということだ.
「食べる」ということは生物の基本なのに、ある種の食べ物が、ある種の人体に重篤なアレルギーを発生させるというのは、「 身体はトラウマを記録する」のPTSDとよく似ている.
人間の免疫システムは、人間が生きていることと等価だから、アレルギーもアナフラキーショックも、免疫システムが働いている証拠なのだが、この世に、生きるべくして生まれた身体が、なぜ死に至るほどの暴走をするのか.

生物はその環境と一体なのだ.
悲鳴をあげているわれわれのからだは、世界そのものの苦痛を体現している.
このことは、アレルギーは社会問題であるという、著者が考える以上の、問題をはらんでいる.



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