錆びたナイフ

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2025年9月15日
[本]

「ZERO to ONE」ピーター・ティール


「ZERO to ONE」



『おなじみのやり方を繰り返せば、見慣れたものが増える、つまり1がnになる。
 だけど、僕たちが新しい何かを生み出すたびに、ゼロは1になる。』

1がn倍になるというのは、似たようなものが市場にあふれるということだ.
重要なのは、誰も考えつかなかったもの、ゼロから最初の1を生み出すことだ、というのが著者の主張.
P・ティールは、ネット上の決済システムPayPalを作り、それを売却して、投資家となった男である.
この書は、要するに、著者の成功体験から得た「起業アドバイス」本だ.

『テクノロジーとはコンピュータに限らない。
 正しくは、ものごとへの新しい取り組み方、より良い手法はすべてテクノロジーだ。』

ゼロから1を生み出す垂直的な進歩とは「テクノロジー」だという.
「より良い手法」というのは、効率が良い、便利だ、ということらしい.

『でも、進歩の歴史とは、より良い独占企業が既存企業に取って代わってきた歴史なのだ。
 独占は進歩の原動力となる。
 なぜなら、何年間、あるいは何十年間にわたる独占を約束されることが、イノベーションへの強力なインセンティブとなるからだ。』

資本主義経済がまっとうに機能するために、企業の独占を法的に排除し競争をうながす、というパラダイムを、著者は否定している.

『ビジネスにおいて均衡は静止状態を意味し、静止状態は死を意味する。』

競争は均衡を生む、止まるな、走り続けよ.

『偉大な企業かどうかは、将来のキャッシュフローを創出する能力で決まる。
 最初の数年はたいてい持ち出しになる。価値あるものを作るには時間がかかり、売り上げは後にならなければ生まれないからだ。
 テクノロジー企業の価値のほとんどは、少なくとも10年から15年先のキャッシュフローからきている。』

先が読めていれば、このような企業への投資は、やがて大きなリターンを生む.

『企業は投資を控えてフリー・キャッシュフローを増やすことで株価を上げようとする。
 そして、使い道に困って配当を出すか、自社株買いを行ない、このサイクルが繰り返される。
 このサイクルのどの時点においても、実体経済の中でお金の使い道がわかっている人はいない。
 それでも、あいまいな世界では、選択肢が無限に広がっていることが好ましい――お金を便ってできることよりも、お金自体にはるかに大きな価値があるとされる。
 お金が目的達成の手段となり、目的ではなくなるのは、具体的な未来においてだけだ。』

マネーとは、それを使って、また新たな価値を生み出すところのものである.
だから資本家は常に、豊富な資産を持つと同時に、巨額の負債を負っている.
私は、アメリカインディアンの「 ポトラッチ」という習慣を思い出す.
彼らは、自分に贈与された財産を、衆目の前で燃やしてしまうのである.
自分は、こんなもの必要としないほど金持ちである、と言うために.
これをバカバカしいと思う人は、人生がそもそも「無効」であることを知らない.

著者は、
スタートアップ企業のCEOの年収は15万ドルを超えてはならない.
食堂無料とか遊び道具満載の会社といった、社員の福利厚生を競うべきではない.
営業の仕事を軽んじてはいけない.
自社を売り込むために、マスコミを無視してはならない.
テクノロジーを標榜する企業のスタッフがスーツを着ていたら、その会社と面接をする気にもならない.
こういう警句は、いかにもビジネス・ハウツウ本らしい.
著者が求めているのは『素晴らしい仲間と独自の問題に取り組める、替えのきかない仕事のチャンスだ。』

『コンピュータの能力がますます上がっても、コンピュータは人間の代用にはならない――人間を補完するのだ。
 法律、医療、教育分野での先端テクノロジーは専門家に取って代わるものじゃない。
 それは人間の生産性を上げるものだ。』
『今どきの企業はデータの量が多ければ生み出す価値も大きいと勘違いして、狂ったようにデー夕をかき集めている。
 でも、ビッグデータはたいていガラクタだ。』

この認識は間違っている.
著者は「 レイ・カーツワイル」を評価しているのだが、AIでなんでもできるという発想には共感できなかったようだ.
この書の初版は2014年.
ここ11年のAIの劇的な進歩を前にして、たぶん著者は考えを変えただろう.

『アメリカ人は競争を崇拝し、競争のおかげで社会主義国と違って自分たちは配給の列に並ばずにすむのだと思っている。
 でも実際には、資本主義と競争は対極にある。
 資本主義は資本の蓄積を前提に成り立つのに、完全競争下ではすべての収益が消滅する。』
『「独占企業」と言う場合、それは他社とは替えがきかないほど、そのビジネスに優れた企業という意味だ。
 グーグルは、ゼロから1を生んだ企業の好例だろう。』

著者は、テスラやアップルを絶賛している.
E.マスクやS.ジョブスこそ、目指すビジョンであり、その他大勢の「後追いコピー企業」にはまったく興味がない.
だから、コピーだらけの中国や規制だらけの欧州は、相手にしない.
ましてや、マネーを転がすだけで巨万の富を築く金融など、クソくらえと思っている.

私はこの本を、現代アメリカ思想の底流と思って読み始めたのだが、読後に感じるのは、砂を噛むような味気無さ.
映画「 ソーシャルネットワーク」と同じく、何かに突き動かされるように突っ走る起業家たち.
彼らを動かす情熱は、金儲けではない.
彼らは、安楽で贅沢な生活をしたいと思っているわけではない.
他の誰でもない、自分だけが、世界の隠れた真実を見ぬいている.
その確信が、雪だるまのようにマネーを吸い寄せ、それがスリリングで面白くてしかたがないのだ.
しかし「テクノロジー」でどんな世界を実現したいのかと彼ら問えば、そのイメージはひどく貧相で、せいぜい「便利な世界」というだけだ.
この本に書かれていることはそういうことだ.
しかし、巨額の資産を持っているということは、政治的な力を持っているということだ.
彼らが心底考えるアメリカとは、なんなのか.

今アメリカで起こっていることは、「資本主義」への最後の革命なのだと思う.
人間は、資本主義を越えるのか、のみこまれるのか.
トランプ大統領の思いは、ティールの思いとは「同床異夢」なのではないか.

資本は自己増殖する.
百万円の話ではない、数兆円数兆ドルに肥大化した資本は、とうに人間が制御できる域を越えているのだが、誰もそれに気づかない.
「資本」は、ついに、「汎用人工知能 AGI」という終着点を見つけた.
ティールは、社会もマネーもコンピューターも、人間が制御できると考えている.
それは、農場主の意図を理解しているつもりの、七面鳥の夢ではないのか.



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