2022年12月14日
[本]

考えてみればこれほど不思議なことはない.
体内に入った病原菌やウイルスを、人体が駆除する仕組み「免疫」のことである.
人間は常に、呼吸や食物摂取で、外界の「異物」を取り入れている.
それだけでなく、人体自身が、血でも汗でも胃液でも、常に新たな物質を生み出している.
人体が、必要な食物は取り入れるが、病原菌は排除する、自分の血や胃液には反応しない、という区別はどうしているのか.
人間が意識的に判断しているわけではない.
身体が勝手にやっているのである.
それにはまず、細胞/分子レベルで、これは「自分のためになるもの」「自分の害になるもの」という区別がつかなければならない.
この書は、免疫学の最新の知見を解説すると同時に、自己とは何かを論じている.
『マクロファージにとり込まれ部分的に分解されて小さな断片となった卵白アルブミン(異物)は、このHLA抗原に結びつき、HLA抗原が表面に出る際にいっしょになってマクロファージの表面に浮かび上がる。
これを「抗原の提示」と呼ぶ』
これがこの書の核心である.
正常な細胞が持っているHLA抗原という目印を元に、人体は異物を見つける.
つまり、異物なしのHLA抗原が「自己」であり、異物を含んだHLA抗原が「非自己」ということになる.
HLA抗原に反応するのは、胸腺で作られるT細胞で、T細胞はB細胞に抗体を作るように指示を出す.
『1960年代までの免疫学が、免疫系を、「非自己」を認識し排除するシステムとアプリオリに規定していたのに対して、
現代の免疫学は、もともと「自己」を認識する機構が、「自己」の「非自己」化を監視するようになったと考えるのである』
『「非自己」は常に「自己」というコンテキストの上で認識される』
こういう発想が、著者の主張である.
本書は、移植の拒絶反応から始まって、老化、エイズ、アレルギー・・免疫がからんだ人体の絶妙な仕組みを解き明かしている.
老化は免疫力の衰退、エイズは免疫の錯乱、アレルギーは免疫の過剰、というとらえ方をしている.
癌とは、そもそも自己の細胞分裂の暴走なので、自然免疫が働き難いのだという.
分子レベルで解明する免疫の仕組みは、抗原の形状に合わせて抗体が生まれる、といった単純な話ではなく、気が遠くなるような「複雑」な話である.
『途方もない種類の抗体分子を作り出す遺伝子の‥‥再構成が、全くランダムな遺伝子断片の組み合わせで起こってくることである。
何が作られるのか予想もつかない。
その中には、「自己」と反応する抗体もあるだろうし、全く無意味な抗体も多いに違いない。
この点では、遺伝子断片の組み合わせ再構成には、全く「先見性」がないのである』
その複雑さの真骨頂は「インターロイキン」(あるいは「サイトカイン」).
T細胞が発するこの「免疫発動のシグナル」は、製造元も効果も多様で、
『インターロイキンの本性は、まずさまざまな異なった細胞が同一のインターロイキンを作り出すところの冗長性と、ひとつのインターロイキンがさまざまな標的細胞に働き得るという不確実性である。
さらに、ひとつのインターロイキンにはさまざまな異なった作用が存在するし、異なったインターロイキンが共通の作用を持っている場合もある』
人体の根源に横たわる「先見性」のなさ、冗長性と不確実性.
著者は『まさにこの不確実性のゆえに、インターロイキンの研究はますます豊饒な分野を作り出しているのである』と述べるが、
私には、科学の「還元論」が、ドツボにはまっているようにもみえる.
しかし、科学者たちはめげない.
この書では、盛んに「自己」「非自己」という言葉が出てくる.
本書の表題である「免疫の意味論」とは、人体のタンパク質/分子レベルで「自己とは何か」と問うことなのだろう.
著者は「健康」と「病気」のあいだに、自己と非自己を区別する原理があると見ているようだ.
つまり、健康=正常、病気=異常.
しかし、正常な分子/異常な分子とは何のことか.
人体が呼吸で取り入れた酸素は、血液に取り込まれたら「自己」になる?
その酸素が体内の炭素と結びついて炭酸ガスになったら、「非自己」になる?
生きていく上で必須の腸内細菌は「自己」ではない?
細胞内で増殖するウイルスは「自己」ではない・・云々
私は量子力学の「シュレディンガーの猫」を思い出す.
素粒子のふるまいは、どのようにして「猫」に影響するのか.
人体を構成するタンパク質のふるまいは、どのようにして「自己」に影響するのか.
『身体的な「自己」を規定しているのは免疫系である』という著者の信念のもとに、
『「自己」というのは、「自己」の行為そのものであって、「自己」という固定したものではないことになる。
現代の免疫学は、「自己」の行為が「自己」を規定するという部分について理解しようとしているのである』
この結論はいっかな不得要領で、かろうじて「免疫」は「自己」の「必要条件」であるということらしい.
著者は、「免疫システム」が、自己を維持しようとしていることを出発点にして、
老化、エイズ、アレルギーにおける免疫の働きが、それに反するという事実にぶつかる.
免疫は、果たして「自己を維持するチカラ(=ホメオスタシス)」の根源なのだろうか.
春に、くしゃみや鼻水が際限なく出れば、それは自らの身体が花粉に反応しているという事だ.
その不快な思い(=病気)は、花粉の存在そのものではないし、免疫システムそのものでもない.
いったい何に不快なのかといえば、それが「自己」なのだ.
異物を駆除するための免疫が、花粉に過剰反応して苦しむという、人体のありようを、私たちは「自己」と呼ぶのであって、その逆ではない.
本書は、一般向けの書籍というより、大学の教科書のようだ.
文章がこなれておらず、数少ない図もわかりにくい.
私が感じるのは、医学の進歩というより、人体を含めたこの世界が、とんでもなく絶妙なバランスの上に成り立っている、ということだ.
映画版「スタートレック」(1979)で、長い旅から地球に戻った探査機ボイジャーは、人類を「炭素体」と呼んだが、「タンパク質の吹きだまり」と呼ぶのが正しいと、私は思う.