2023年11月17日
[本]

孫に勉強を教えることになって、中学2年生の教科書を読んだ.
「国語」
冒頭に椎名誠の小説が載っているのにびっくり.
作者はまちがいなく、教科書なんぞ大っ嫌いな男のはずだった.
生徒は読後に「捉える」「読み深める」「考えをもつ」という作業をしなければならない.
この小説は、表向き他愛ない家族の話だが、核心にあるのは主人公の少年の鬱屈と大人への反発である.
それをどうやって「読み深める」のだろう.
「クマゼミ増加の原因を探る」とか「モアイは語る」という、ほとんど生物学や人類学の研究レポートみたいな文が出てくるのにもびっくりした.
自分の意図を正しく伝えるための技術として「国語」を勉強しよう、ということなのだろう.
そして定番、太宰の「走れメロス」を読んで、つまらないのでびっくりした.
ついでにいうと、英語の教科書には「ゴン狐」が出ている.
日本人はどうしてこういう、「死をもって贖(あがな)う」話が好きなのだろう.
「枕草子」や「平家物語」が出てくるとほっとするが、どうも居心地がわるい.
中原中也の「月夜の浜辺」は、宙に浮いている.
この教科書を読んで感じる、このザラザラした感じは何だろう.
これで、「日本語」を好きになれるのか.
以前「
二時間目国語」という教科書のアンソロジーを読んだが、まさに文学こそが日本語だった.
「数学」
理科や社会の教科書も読んだが、つまらなかった.
英語は完全に会話中心の実用書になっている.
数学だけがおもしろかった.
小学校の「算数」とはちがう、ひとつの「学問」なのだと思わせる.
連立方程式、一次関数、図形、証明、確率、目新しいのは、統計データに関する「箱ひげ図」というのが出てくること.
中学1年の教科書では、自然数、ゼロ、負の数、整数、少数、分数、素数、が出てきた.
『マイナス1はマイナス2より大きい』
私は中学生に戻って、先生に質問したい.
「大きい」とはなんですか?
教科書には「数直線の右の方が左より大きい」と書いてある.
「数学」の教科書がおもしろいのは、それが実生活の背後にひそむゲームのように見えるからだ.
「姉は16歳、妹は6歳、姉の年齢が妹の2倍になるのは何年後ですか」という問題.
方程式を立てなくても、1年後、2年後と想定してみれば、4年後だとすぐにわかる.
では「姉は16歳、妹は15歳、姉の年齢が妹の2倍になるのはいつですか」という問題にしてみよう.
16 + x = 2( 15 + x ) という方程式を解けば、答えが得られる.
x = -14
マイナスはつまり14年前!
これが方程式のすごさである.
元の問題を人工知能(chat-GPT)にたずねてみる.
『姉の年齢が妹の2倍になるまでの年数を計算するためには、以下の計算を行います:
2 * 妹の年齢 = 姉の年齢
2 * 6歳 = 12歳
現在姉は16歳で、姉の年齢が12歳に追いつくまでに何年かかるかを計算します:
12歳 - 16歳 = -4歳
この計算から、姉の年齢が妹の2倍になるためには、現在より4歳若い時点であることがわかります。
つまり、姉の年齢が妹の2倍になるには、現在から4年後です。』
あはは、答えは合っている.
大規模言語モデルは文章の辻褄を合わせているだけだから、こんな答えが出てくる.
分かっているようで分かっていない生徒の答えそのもの、というのが面白い.
数学は、この世界が数値化できることを示している.
教科書は、世界をデジタル化することで、計り知れない知見と利便性が得られると主張している.
しかし中学生諸君よ、君の人生をデジタル化するな.
にんげんは金輪際、数値化できない.
江戸川の土手で、甥の満男が、なぜ勉強しなければいけないのか、と寅さんにたずねる.
寅は、人生の岐路で、オレみたいにいい加減な判断をしないためだ・・と答える.
確かに寅さんは、(特に恋愛において)あ〜あどうして?という判断をしてきたが、それは間違っていたのだろうか.
私は、人の人生に、間違った判断というのはない、と思っている.
学問は、子どもが地面のアリをじっとみているのとおなじだ.
役に立つから尊い、のではない.
それは人間の世界解釈のひとつであり、学問は、心底、役に立たないからこそ、学ぶべきなのだ.