錆びたナイフ

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2026年1月23日
[映画]

「エル・スール」 1982 ヴィクトル・エリセ


「エル・スール」



1957年、スペイン北部の村.
早朝、15歳のエストレリャ(イシアル・ボジャイン)は、母が父を探す声で目覚める.
彼女は、父がもう帰ってこないと予感する.
優しかった父アグスティン(オメロ・アントヌッティ).
あの頃、庭で遊んでいたエストレリャは、父のオートバイの音を聞くと走って迎えに出た.
オートバイの後ろに乗せてもらって、うれしそうな少女時代.
父は病院の医師で、霊媒師でもあった.
エストレリャと一緒に、錘を揺らせて、井戸の場所を探りあてたりした.

エストレリャ(ソンソレス・アラングーレン)が8歳の時、初聖体拝受のお祝いで、南の地に住む父の母と乳母がやってくる.
初めて会う父の家族.
父は祖父と仲違いをして、その後一度も生まれ故郷に帰ろうとしなかった.
スペイン内乱(1936〜1939)は、思想の異なる家族を引き裂き、アグスティンは過酷な人生を歩んだらしいが、この寡黙な男は自分のことを語らない.
エストレリャは南の地(エル・スール)にあこがれる.

かつてアグスティンには愛人がいた.
愛人はイレーネ・リオスという名の女優になって、数本の映画に出た.
この女は、実在しない夢のように、映画館のスクリーンにしか登場しない.
アグスティンは、町の映画館でイレーネの映画を見て、カフェで手紙を書く.
エストレリャは、町で父のオートバイを見つけて、彼が手紙を書いているところを目撃する.
ある女に思いをよせているという父の秘密は、エストレリャにとっても秘密になった.
娘の父への思いが、物語の主旋律になっている.
イレーネからアグスティンへの返事は、つれなかった.
いまさら、いったい、何が望みなのです?

アグスティンはイレーネに会おうとしたのだろうか、家出をするのだが、駅まで行って結局家に帰ってくる.
エストレリャの父への想いは、もどかしく、より複雑になる.
一日ベッドの下に隠れたりする.
そして15歳のあの朝、父は、猟銃で自殺してしまう.

イレーネが原因ではないだろう.
仕事や家族に不満があったとは思えない.
こんなに娘に慕われていても、死ぬのか・・
アグスティンの思いは、私にはわからない.
悔いているのでも、絶望しているのでもない.
強いて言えば、もう取り返しがつかない・・圧倒的な郷愁と無力感.
今はないところ、ここではないどこか、望郷.
男は、前にも後にも進めなかったのだろう.

エストレリャが最後に父に会ったのは、ホテルのレストランだった.
彼女は、昔、町で父を見た時の話をする.
映画館を出て誰かに手紙を書いていたこと.
アグスティンはあまり驚かずに、今このホテルに流れているあの曲、と夢見心地の顔をする.
お前の聖体拝受のお祝いの時、一緒に踊ったこの曲「エン・エル・ムンド」.
それは彼の故郷の曲でもあった.
この男は、目の前の娘ではなく、はるか彼方を見ている.

映画のポスターのように、「記憶」の名札が、あそこにもここにもに貼りついている.
歓喜も慚愧も、芥のように、この身に堆積する.
「記憶」は、道にあいた穴ぼこのようなもので、この身体そのものが墜落する、何度も.
人間の記憶は、二度と起こらない、再現不能な、すでに失われた可能性だ.
そして、失われうる、壊れうる、取り返しがつかない、という「記憶」が、人間世界の「意味」を生む.
世界は、つまり「意味」だらけだ.
それが、くるしいのだ.
それがこの世だと言うなら、もう充分だ、神よ.



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