錆びたナイフ

back index next

2025年1月14日
[本]

「北一輝論」 村上一郎


「北一輝論」



私の書架にあった古い本、1970年発行.
たかだか55年前の、身をよじるような天皇と革命への思い.
読後、なんとも無惨な思いにかられるのは、5年後に著者が自刃したからではなく、今の世が、はるかはるか遠くにきたと感じるからだ.

『革命ってなんだえ
 またおまえの夢が戻ってきたのかえ』 「毒虫飼育」 黒田喜夫

私の「北一輝」に関する記憶は、鈴木清順の「けんかえれじい」最後のシーン.
二二六事件の号外に北一輝の写真が出て、「東京で喧嘩じゃぁ」と叫ぶ主人公キロク.

著者は、明治維新、日露戦争1904、辛亥革命1911、五一五事件1932、二二六事件1936を、一貫したアジア革命の史観でとらえ、
昭和に続く「日本国家」への思いを語っている.

『支那における国家とは本来、民族国家の謂(ゆ)いではなく、諸侯の分領であり、洲国である。
 日本でも、日本全体は天下といわれ、国とは諸国、後には藩国の謂いである。』

著者が論じている「日本」とは、単なる人種でも地域でも言語でもなく、ある情念のかたまり、歴史の寄るべく民族の営み、つまりステートではなく、ネーションである.

『日本の「浪人」が、仁俠のみでもって孫文の支援にかけつける、それを利用する孫文が翻訳調のデモクラシー思想だ、という二重の、いずれも中支の郷村・民衆生活のいとなみの現実にそぐわぬ政治的プロセスに、北一輝はおもしろくなかったのであろう。』

「革命」とは、市民が権力を握ることではなく、自らの「国」を取り戻すことである.
万国の労働者が団結すれば成る、ようなものではないし、ましてや民主主義の成果でもない
それは、心をゆさぶる「暴力」と「解放」の嵐なのだ.

『逆に、(北一輝は)天皇機関説を逆手に持ち直して、国民の意志により天皇は立って戒厳令を宣し、憲法を停止し、維新宣言を発して『日本改造法案』に見るごとき維新を断行すべし、とした。
 この際天皇は立って国民の代表として政事・軍事にかかわるのであって、本来「閑雅」な天皇が隠遁詩人に後退したり、または伊勢にこもってイネを斎(いつ)きながら何となく民草を思って歌をよんでいるなんぞというのではならないのである。
 天皇は天皇のまま、ヒットラーかドゴールか、そういうものになり、しかも国民の意志の「機関」であって、現人神でないのである。』

二二六事件は、天皇の裏切りをもって鎮圧され、その後の日本は、決起した将校たちの思いとは逆に、軍閥の天下となる.
崇拝するというより、天皇は日本のためにあれ、という著者の熱望は、天皇裕仁自身の理解力や統率力を問題にしていない.
天皇はそうあるべき、日本はこうあるべきという、断固とした思いなのだ.

『戦局いよいよ非となり、軍部もファッショ陣営もまったく崩壊の寸前となってから、
 宮中グループは重臣を中心にいわゆる和平工作をたくらみ、ポツダム宣言を受諾して国を救ったのは天皇の大御心と自分たちの功労によるものであるという形を整えることに成功したけれども、
 開戦に責任をもつべき者が終戦の功労者でもあるという背理に、国民は納得しはしなかった。
 それが戦後の頽廃のきっかけをなしたとはいえなかったろうか。』

著者にとって戦後は、「解放」ではなく「退廃」だったのだろう.

『有羞というこころなしに革命を語るものをわたしはさげすむ。
 武断が含羞(がんしゅう)を喪失したとき、待っていたとばかりおしよせてくるのは頽廃ばかりである。
 革命の失敗、ないし至らなさは、この頽廃にくらべたなら、どんなに称揚してもよいくらいに立派なのである。』

「カクメイ」なんぞこっぱずかしい.
三島由紀夫が、1970年に市ヶ谷で「決起」を呼びかけた時、そこにはヤジをとばす自衛隊員しかいなかった.
村上は二重の意味で絶望したのだと思う.
どんな思いも「組織」できずに「解体」してゆく.
今や誰も「暴力革命」など望まない.
三島が死に村上が死んだ70年代に、世界は巨大な変貌をとげたのだ.
明治ははるか遠く、それはこの国が「物語」を失ったということだ.
「コスパ」や「タイパ」でしか人生を測れぬわれら現代人に、二二六の軍人たちの思いはとどかぬ.

この書は、論旨もしっかりしており難解なところはない.
しかし、どんな意味でも「現代」に歯が立たないだろうと思う.
世界を呑み込むのは、マネーという暴力で爆進するイノベーション・技術革命である.
この「怪物」は、圧倒的で、恥を知らぬ.



back home next