錆びたナイフ

back index next

2024年12月5日
[映画]

「PERFECT DAYS」 2023 ヴィム・ヴェンダース


「PERFECT DAYS」


朝、外の道路を掃いている音で目を覚ます.
まだ暗いうちから起きて、歯を磨いて、小さな植木に水をやって、アパートの玄関を出る.
自販機の缶コーヒーを買って、仕事の道具満載の軽自動車に乗りこむ.
高速道路を走って仕事場に向かう.
都内の公衆トイレの掃除が彼の仕事だ.
丹念に黙々と掃除をする.
同僚のタカシ(柄本時生)ともほとんど口をきかない.
昼休みはいつもの神社の境内で、コンビニのサンドイッチを食べる.
木々の木漏れ日をみつめて、小さなフィルムカメラで写真を撮る.
夕方早くに帰ってきて、自転車で、口あけの銭湯へ行く.
いつもの老人たち.
それから、浅草にあるごちゃごちゃした地下街の飲み屋で、いつもの酎ハイを飲む.
寝しなに本を読む.
モノクロの夢をみる.
休みの日は、コインランドリーで洗濯をして、スナックで一杯飲む.
スナックのママは石川さゆり.
写真屋で現像したフィルムを受け取ってきて、気に入った写真を箱に入れる.
押し入れには日付のついた写真箱がたくさんある.
本を読み終えると、古本屋で一冊100円の文庫本を買ってくる.
こんな生活を繰り返す.
家族はいない、らしい.

このアパートは二階屋の棟続きになっているようで、二階が和室、たぶん一階に玄関と台所とトイレがある.
部屋は質素で、テレビもエアコンもないが、古いカセットテープと本がたくさんある.
映画には、このボロアパートと、銭湯とスカイツリーと神社と高速道路と隅田川と浅草の地下酒場と・・
そして驚くべきは、ほとんどシュールともいえる東京の公衆トイレ.
これほど映像的カオスに満ちた都会は、ほかにあるまい.
東京ワンダーランドである.

事件があるといえば、タカシがそのガールフレンド「アヤ」との交際をめぐってドタバタすること.
姪のニコが家出をして、平山のアパートに転がり込んでくること.
ふたりはほんの数日一緒に暮らす.
アパートの前に高級車が止まって、ニコの母ケイコが現れる.
このときの会話で、平山とその父とこの妹とのあいだに、何か確執があったことがわかる.
ケイコは、兄平山の生き方が承伏できないらしい.
ニコは別れ際に平山を抱きしめ、平山は妹を抱きしめる.

「こんなふうに 生きていけたなら」と映画のコピーにあるが、平山は「幸せ」なのだろうか.
ベンダースの発想のもとは、禅宗の坊さんのように、生活の全てを意図的に律すること.
この大都会にそのように生きる者がいる、ということ.
思えばそれは「男はつらいよ」の寅さんと同じで、気の向くまま、気楽であることと同時に、いつどこでのたれ死んでもいい、という覚悟と一緒なのだ.
自分が今日明日死ぬとしたら、ちょっと待って!あれもこれもやり残した・・
ならば今、それをさっさとやりなさい、ということだ.
そして、ここへたどりつく.
私はジャームッシュの映画「パターソン」を思い出した.

観客がこの主人公に魅力を感じるのは、
大きなプロジェクトを成功させるとか、一生懸命働いでお金を稼ぐとか、人のため社会のために何かする、というのでないこと.
あふれんばかりの情報や消費のらちがいにいること.
決して人間嫌いではないけれど、家族をもたないこと.
部屋にテレビを置かないこと・・スマホを持たないこと.
けれど、
この男、自宅でまったく料理をしないらしい.
朝メシ抜き、昼はサンドイッチ、夜は飲み屋、自宅ではカップラーメンしか食べない・・とても健康な食生活とは思えない.
寅さんが料理をしないように、平山が手料理をするというイメージが出てこない.
つまり「健康」のためになにかする、というようなことをしないのだ.
この男が日々くりかえしていることは、何かのため、ではない.

私は、この男の「孤独死」を想像してしまう.
平山はニコの写真も撮ったが、現像したその写真には興味がなさそうだった.
彼の死後、押し入れの箱に入っていたのは、たくさんの木漏れ日の写真・・

冒頭から、主人公はほとんど無言.
車中でアニマルズの「朝日のあたる家」が流れて、なぜか私は涙がこみあげてきた.
実は後半に出てくる平山の会話は、あまりおもしろくない.
この映画の最後に、スナックママの元夫(三浦友和)という人物が現れ、平山と「影踏み」などするのだが、このシーンはどうにも居心地がわるい.
ベンダースは「 アメリカの友人」のように、 どうしても彼の映画に特有の「人間関係の不得要領」を入れたかったのだろうが、
姪っ子が去ったあと、車を運転する主人公の顔を延々と映して、エンド.
映画としてはそのほうがいい.



back home next