2024年1月12日
[映画]

主人公志乃(南沙良)は高校一年生.
緊張するとかなりひどい「吃音」になる.
案の定、クラスの自己紹介で、お調子者の強(つよし 萩原利久)にからかわれる.
いつもひとりぼっちの志乃は、校舎の裏で下手な歌を歌っている加代(蒔田彩珠)に出会う.
加代は志乃の吃音を気にしない、しゃべれないなら筆談したら、という.
歌はふつうに歌える志乃に、加代が、バンドを組んで学園祭に出よう、という.
ふたりで、やったぁ人前で歌えた!というのが結末かというと、そうではない.
強が、隣町の街頭で練習していたふたりをみつけて、クラス内ではやしたてるが、加代にひっぱたかれる.
このADHD少年、目がさめた.
ここから話が込み入ってくる.
強は、自分もバンドに入れてくれという.
加代は納得するが、志乃は拒否反応を起こす.
強は、自分は空気が読めない男で、まわりを傷つけてしまうと正直に打ち明けるが、志乃は逃げ出す.
どうしてだろう.
志乃は、自分しか見ていない.
加代も強も志乃を気遣っているのだが、志乃の全身が吃音を発しているかのように、どうにもならない.
だれかにいじめられているわけではないのに、居場所を見出せない志乃の心はすさんでいる.
うつむいて逃げ回るばかりの志乃に向かって、強がぼろんちょに言う.
「おまえはダッセー」
「おまえは一生腐った魚のような目してやがれ!」
ここがこの映画の白眉.
虐げられる者が「イノセント」であるとは限らない.
志乃はひとりごとで、空想の友だちと他愛のない会話をする.
彼女が望んでいるのは、それだけなのか.
自転車で登校する港で、海が見える高校の屋上で、この少女はいっとき、加代といっしょに明るい顔をしていたのに、
「ごめんなさい」と発音できずに、そのことがまた他人も自分も傷つける.
苦しくてしょうがない.
志乃は、だからひとりがいいと加代につげる.
そういえばこの娘は、周囲に謝ってばかりいる.
心配事には原因があり、原因を除けば結果は改善する?
母親は、吃音の矯正に行くことをすすめるが、志乃は拒否する.
この世界には、結果しかない.
だからこの世界は、まるごと受け入れるしかない.
私は思う.
うつむいていないで、からだ全体で気持ちを表わしたら?
いっそ失語症になって、手話で話をしたら?
歌でなく、踊りでデビューしたら?
大人はいくらでも「対策」を思いつくし、アメリカ映画ならそれはあり得る.
が、たぶんそういうことではないのだ.
学園祭で、加代はひとりで歌う.
「魔法はいらない、みんなと同じにしゃべれる魔法・・」という歌.
奇跡が起こって「吃音」が治ればいい、のではないと.
加代の歌はひどく下手で可笑しいのだが、ああ、この娘は魅力がある.
ちゃんと他人のことを見ている.
志乃が舞台に向かってさけぶ.
「なんでわたしだけが!」
この少女は、たった十六歳で、支えきれないほどの苦悩をかかえている.
どうして「こう」なのか、そんなこと知らない.
傷つくのがこわい、馬鹿にされるのがこわい、自分がいやでたまらない.
なんだ、みんなの前で、自分の気持ちをちゃんと言えたじゃん.
最後のシーンは教室の昼休み.
志乃に飲み物をくれる女生徒.
志乃は、つっかえながら「ありがとう」と言う.
新しいともだちができたらしい.
学校にも友だちにも親にも、その答えはない.
「なんでわたしだけが!」
世界でたったひとり、「かのひと」だけが、それに答えてくれる.
「命は、刑罰ではない
それは、たまわりものだ
私は約束した
この世は生きるに値すると」