錆びたナイフ

back index next

2023年8月30日
[映画]

「砂の惑星」 1984 デヴィッド・リンチ


「砂の惑星」



最近、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の同名作品「DUNE」(2020年)を観た.
冒頭、主人公のポール(ティモシー・シャラメ)が登場するのだが、なんだかぼ〜っとした顔をしている・・
もう40年近く前の映画だが、デヴィッド・リンチ版をもう一度観たくなった.
Youtubeに、3時間版と称するバージョンがあった.
主人公のカイル・マクラクランも、昔のマンガの主人公のような顔で、私は「赤胴鈴之助」を思い出す.
今時のヒーローは、もっと人相が悪い.
この、優等生を絵に描いたような顔の若者は、母親の「しつけ」で、超能力を身につけつつある.
毎晩、未来の夢にうなされている.
 
この映画の舞台デューンは、メランジという香料を産出する砂漠の惑星だ.
その香料は人間に異能を与えるらしい.
メランジで宇宙をワープするチカラを得たスペースギルドの航空士は、水槽に浮かぶ不気味な怪獣である.
私は、指輪に魅せられ、妖鬼になった元人間「ロード・オブ・ザ・リング」のスメルゴアを思い出した.
デューンの先住民・青い目のフレーメン、この地に赴任したポールのアトレイデ家、敵対する旧支配者ハルコネン家.
宇宙を支配する皇帝とそれを背後で操るギルド、超能力をもつ女性族ベネ・ゲセリット.
それに砂漠に住む巨大な虫(サンドワーム).
ポールの父はハルコネンの謀略で殺される.
話は、香料の採掘を巡る争いというより、ポールの復讐話、というのが古臭い.
そう言えば、スターウォーズ(SW)も、親子の確執と「貴種流離譚」ではなかったか.

この映画、バロックSFとでも呼べそうな、建物、衣装、それにとてもアナクロ・・いや違ったアナログなメカに魅力がある.
ヴィルヌーヴの映画はSFX満載で、サウンドが素晴らしい.
リンチの時代はCGはなくいわゆる「特撮」なのだが、悪趣味な映像の分だけ、映画としてはこちらの方が面白い.

観ていると、たくさんの映画を思い出す.
振動を感じて砂漠の地下から現れる巨大怪物?は「トレマーズ」(1989)、(これは傑作だった).
砂漠のサンドワームは「オーム」だよな、砂嵐のマスクは「風の谷のナウシカ」では瘴気を防ぐマスクだ.
主人公がこの世界の救世主か?という筋立ては「マトリックス」.
「ヴォイス」という他人を操るチカラは、SWの「フォース」そのもの.

1960年代頃までのSF未来映画の登場人物は、サーカスの衣装みたいなピカピカの服を着ていた.
未来の生活が実際にどんなものか、想像できなかったのである.
今の我々にはうすうす想像できる、ふつうの衣食住の中に、手品のようなガジェットがまぎれこむ.
学校でもスラム街でも戦場でも使われる「スマホ」
人類はやがて、スマホを脳に直結し、無菌の水槽にプカプカ浮かんで生きることになるだろう・・
「エイリアン」(1979)あたりから、人物の服装は「カジュアル」になった.
「SW」(1977)もこの「砂の惑星」も、ほとんど時代劇ファッションだ.
高度な科学技術をもった未来社会というのではなく、むしろ漫画チックなファンタジーに近い.
科学で裏付けられた世界の方がうさんくさくて、この、なんだかわからないがそうなっている、という世界のほうに、魅力があるのだ.

それで結局「未来」は、人間の愛憎と運命という「物語」のままである.
私はルーカスのSW3部作が、あまりに前時代的で、まるで「親の因果が子に報い・・」みたいな展開にびっくりしたが、
その後ディズニーの作るSW映画がつまらないのには、もっとびっくりした.
どう見ても主人公じゃないだろう、凡庸な人物ばかりが出てくる.
往年のマーク・ハミルやキャリー・フィッシャーの存在感のすごさよ.
ディズニーは、人種の「多様性」に目がくらんで、「物語」を見失ったのだ.
「物語」とは「生」と「死」のことである.
「貴種」などクソくらえ、みんな平等で「フラット」な世界感は、今後ますます広まるだろう.
私は、つくづく共和国軍(旧反乱軍)より帝国軍のほうが「真っ当」だったのではないか、と思う.

メランジの影響を越えて超能力者になったポールは、ハルコネンと皇帝に復讐を果たし、デューンの支配者になる.
そしてこの男は、間違いなく独裁者になるだろう.
人間が人間である限り、連綿と「物語」は続くのである.




back home next