錆びたナイフ

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2022年6月19日
[映画]

「長江哀歌」 2006 ジャ・ジャンクー


「長江哀歌」


冒頭は川を行く客船の船内.
雑多で騒がしい客たちを映して、ゆくっり移動するカメラワークは見事.
長江を遡るこの船が着いたのは奉節という町.
船を降りた主人公はサンミン(ハン・サンミン).
この男、どこにでもいそうな誰かに似ていて、なんともさえない顔をしている.
16年前に別れた妻子を捜して、この街にやってきた.
折から三峡ダムの工事中で、妻がいるはずの実家は川の底だった.
妻の戻るのを待ちながら、サンミンはこの町で日雇い仕事を始める.
数人の男たちと一緒に、大きなハンマーで建物を壊すという作業である.
この町もやがて川底に沈むのだ.

もうひとり、この町にやってきた主人公は、シェン・ホン(チャオ・タオ).
彼女は、この地に働きに出て2年間音信不通の夫を探しにきた.
地元に住む夫の友人トンミン(ワン・ホンウェイ)が、シェンを助けてくれる.
夫は出張中で職場にいなかった.

重機を使わずに人力で解体工事をするなど、いつの時代かと思う.
三峡ダムの完成は2009年.
労働者はみな貧しいが、携帯電話は持っている.
長江は下流で揚子江と呼ばれ、流域には4億人が暮らす.
上流域のこの地では、両岸にせまる山々は美しく、港から出る観光船が、李白の詩を吟じながら周囲の景観を讃える.
しかし、町はどこもかしこも廃墟で、がれきだらけである.
人々はまだ生活をしているが、建物には取り壊しのペンキマークがつけられ、ここがやがて150mの川底に沈むと告知されている.
中国流の巨大国家プロジェクトを前に、二千年の歴史を持つ古都が消える.
しかし中国人民は、役人に文句を言いながら、国家体制など知ったことか、われ先に生き抜こうとしている.

この映画、台詞に妙な間があって、登場人物はみな素人のようにみえる.
ペットボトルの水ばかり飲んでいるシェンも、煙草ばかり吸うサンミンも、役者という感じがしない.
シェンの夫は、住民撤去管理部に働いていて、どうやら愛人がいるらしい.
彼女は再会した夫に、離婚してくれと告げる.
サンミンの妻は、その兄の借金のかたとして、川船で働かされていた.
女を連れてゆくなら借金を返せと言われ、サンミンは、1年待ってくれと言う.
ふたりとも、再会した相手に「懐かしい」でも「恨めしい」でもない、その対面はなんとも「そっけなく」「ぶっきらぼう」だ.
そういうところがおもしろい.
美男美女俳優を使った「いかにもそれらしい」映画ではない、のである.

私が中国映画を見ていて感じる不思議の一つは、登場人物がめったに「ありがとう」とか「すみません」と言わないこと.
おまけにあの、喧嘩をしているような中国語.
どうにもトゲトゲ・ギスギスした社会に思える.
役所では住民と役人が怒鳴りあっている.
誰もが自分のことに懸命で、他人の窮状にはニベもない.
だが、人情のかけらもない、というわけではない.
サンミンの妻の兄は、穴蔵のような船倉で、丼の麺を食べながら、初対面のサンミンにはつっけんどんである.
が、この男も、さほど悪い人間ではないらしい.
どこやらこすっからい宿屋の主人は、立ち退きを迫られ、今は橋の下で暮らしている.
「男たちの挽歌」のチョウ・ユンファに憧れる若者マーク(チョウ・リン)は、サンミンの工事現場で働いて、あっけなく死んでしまう.
その亡骸を乗せた船が川をゆく.
手を合わせるでもなく、それを見送るサンミン.
サンミンは、解体作業で仲間になった男たちに、自分は明日山西省に帰ると言う.
そこの非合法の炭鉱で働けば、ここよりいい稼ぎになる.
それなら、みんなでその地へ出稼ぎに行こう、という話になる.

この映画に感じる混沌と荒っぽさは、近未来のディストピア社会を思わせるが、日差しと雨とこの蒸し暑さは、間違いなくアジアである.
宗教も道徳も政治も無縁であるかのように、ただたくさんの人間がひしめいて生きている.
ぶっきらぼうに、人生を投げ出すように、人々はこの世界にいる.
その人々に、哀歌(エレジー)を感じるのだとしたら、それは映画のチカラである.

なんだか妙なシーンがある.
主人公が仰ぐ上空を、UFOを思わせる飛行物体が飛び去る.
トンミンの住むアパートの近く、丘の上に、現代建築のオブジェのような住宅が建っていて、それがある日、ロケットのように上空に飛び去る.
映画の最後、サンミンが仲間たちと町を去る時、取り壊し中の建物に渡したロープの上を、綱渡りしている人間がいる.
ここではない何処かへ・・
どちらかといえばユーモアが欠けているこの話の中に、フイと、そういうシーンが現れる.
英題は「Still Life」、よくねられた作品だと思う.

わたしは、国家体制がどうあれ、真っ当な映画が生まれる国は、真っ当な国だと思う.
この映画は、間違いなく、まっとうな映画である.



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