2022年6月4日
[本]

寝しなに池澤夏樹編の「日本語のために」を読んでいる.
その中に良寛の漢詩があって、なかなかいい.
思い出して、本棚にあった吉本の「良寛」をめくっているうちに、結局また読んでしまった.
この本は、24年前に読んだのだが、再読しても面白かった.
講演を元にした文章で、とてもわかりやすい.
吉本の喋りはあまり聞きやすくないのだが、この1978〜1984年の講演はいい.
発想は、この著者の「親鸞論」に通じる.
生活や宗教をどこまで解体したら、思想に行き着くか.
良寛と聞いて私たちは、子供と遊ぶ坊さんを思い描く.
『霞たつ ながき春日に
飯(いひ)乞ふと 里にいゆけば
里こども いまは春べと
うち群れて み寺の門に
手毬つく 飯はこはずて
そがなかに うちも交りぬ
そのなかに 一二三四五六七(ひふみよいむな)
・・・ 』
これは長歌.
托鉢を忘れて、子どもと鞠をつく僧侶.
しかし著者は、この良寛の姿を「微笑ましい」とはみていない.
良寛は、単に人の良い好々爺ではないし、実は偉大な僧侶であった、というのでもない.
『どうしようもない堪え性のなさ、張りきることのできないちぐはぐさ、懶怠と無為、他者との葛藤に耐えずに退転する心情、
軟弱で、文学みたいなもので、じぶんを慰めないではおられない性格・・』
著者はそれを「性格悲劇」と呼んでいる.
吉本隆明の視点はいつもこんなところからはじまる.
人間の生き様から、「わからなさ」や「違和感」を見つけだす.
何か、ひっかかる、のだ.
曹洞宗の印可を許された僧が、なぜ宗派の掟に背いて隠棲し、詩歌を作る生活を選んだのか.
著者は、良寛の残した短歌/長歌/漢詩を通して、この男の心の底ににじり寄ると同時に、人間が生きるとはどういうことかを問うている.
『いざさらば我れはこれより帰らましたゞ白雲のあるに任せて』
「ひとの家を辞す」と題されたこの短歌を、吉本は「難しい歌」だという.
『ほかの人はこうは歌わないということです 』
「たゞ白雲のあるに任せて」という下句に、違和感を感じているのだ.
『良寛の性格のなかに現実的なもの、あるいは日常生活的なものと、空想ないしは観念の極端なものとが通常の距離になくて、こういう歌ができたのではないか 』
著者が200年前の男の無意識に迫ろうとするとき、それは、著者自身の無意識をなぞることと等しい.
「眠れぬ夜」という長歌.
『この夜らの いつか明けなむ
この夜らの 明けはなれなば
をみな来て 尿(はり)をあらはむ
こひまろび 明かしかねけり
ながきこの夜を』
明日になれば、ある女性が来て、自分を介護してくれる、という歌である.
『「苦」を歌って詩になるという考え方は、近世にはまったくありませんでした。
明治になっても、初期の新体詩にはありようがなく、そこでは花鳥風月と物語の詩があっただけです。
良寛にしてみれば、天地との合一や生死の超越を説く道元禅や荘子の思想からもっとも遠ざかった場所でじぶんというものを凝視せずには、こんな詩は創れないはずです。
つまり、仏教禅の生死を超える悟りの世界や、境地から、いちばんへだたってしまったじぶんの姿に、ほんとは良寛はまだやってこない近代の痛苦をみていたともいえるのです 』
そう言われても、良寛は少しもうれしくないだろう.
そういう自分を歌わざるをえないという無体さと、人間の凄さである.
どうあがいても「解脱」はやってこない.
次は「日本語のために」掲載された漢詩
『生涯、身を立つるに懶(ものう)く
騰々(とうとう)、天真に任(まか)す
嚢中(のうちゅう)、三升の米
炉辺、一束(いっそく)の薪(たきぎ)
誰か問わん、迷悟の跡
何ぞ知らん、名利の塵(ちり)
夜雨、草庵の裡(うち)
双脚(そうきやく)、等閒に伸ばす』
炉端に脚を伸ばして気楽な生活、などとんでもない.
冬の寒さは、自足した思いを圧倒する.
この書にある「冬夜(とうや)長し」という漢詩は、
『冬夜長し冬夜長し
冬夜悠々何時か明けん
燈(ともしび)に焔なく炉に炭なし
只(ただ)聞く枕上(ちんじょう)夜雨の声』
『しかしどうしようもないじぶんの暮し方をしているじぶんが、じぶんにたいして否定をもつことがなければ、こういう詩が作られる動機もまたないのだとかんがえた方がよろしいとおもうんです 』
『その(良寛の)心境には流動がいつもあって、深さを湛えて停滞する状態はたえず否定にさらされてしまいます。
この詩も文字が固定的な印象をあたえるのですが、内面のところで「生活」にたいする否定性がでてきたときに生れたと理解する方がふさわしいとおもいます。
そうしますと一瞬でありますけど、良寛の精神の流れをなんとなくつかまえたような気にさせられます。
けれどつぎの瞬間には、もう月並みなつまらない詩じゃないかとおもえてしまうのです 』
良寛を理解するということは、論理を積み上げて納得するということではなく、一瞬のひらめきなのだ.
夏の河原で、けたたましくさえずっていたヨシキリは、この冬の夜どうしているのか.
オレと同じように寒さに耐えているだろうか.
いきものは、精一杯歌って耐えて死ぬだけだ.
オレがつらいのは、こうではない生きようがあったかもしれない、ということだ.
悔いているわけではない・・いやちがう、暗くて寒いこの夜を、なんとかしようと考えるオレは、一体何なのだ.
オレはなぜ、ヨシキリではないのか.
『良寛が傾倒した道元禅や、老荘や論語は、いずれも低地アジアに起源をもつ古典古代以前の思想ということができます 』
『仏教の理念は究極的には自然と人間存在との差異を消してしまうことにゆきつきます 』
人々はつねに「生老病死」の悩みにさらされているわけではない.
おおかたの人間は悩みや不安を棚上げにして、日々の安泰を追い求めているだけだ.
良寛は、山小屋に独居して自然の中で暮らしているが、自給自足という生活ではない.
この男は、托鉢に出ることで村人とつながっている.
村人に説教をすることはあっても、農作業を手伝うようなことはしない.
托鉢をほうって子供とまりをつけば、その日の飯は手に入らない.
曹洞宗を含む禅宗は、生活への有効性を拒否することで、自立している.
いわば、意図して世間から宙吊りになっているのだ.
自然は、春だけでなく、暗く冷たい冬も運んで来る.
自然も世間も、圧倒的なチカラだ.
良寛は、禅宗の規律で身を処しながら、荘子の「無為」に近づこうとしている.
何故と問われようが、自ら否定しようが、これしかない、のだ.
わずかに「詩作」と「書」と「子どもと遊ぶこと」が、この男の心に明かりを灯したのだろうか.
ボロをまとって掘立て小屋に住むというのは、どういうことだろう.
家がなければ、ニンゲンは、食物を探したり寒さを防いだり寝ぐらを探さなければならない.
人間は、飢えを満たさずにいられないし、眠らずにいられない存在だからである.
寒い小屋の中で、まんじりともせず夜明けを待つとき、この男の心に渦巻いているものは、ケモノニアラズ、むき出しのニンゲンそのものである.
ニンゲンがヨシキリになれるのかと、考えることそのものが人間のあかしなのだとしたら・・
『ほんとは良寛が自然との差異を消去してゆく過程は、詩のなかで表現されているはずです。
それはこちらの読み方を微細にできれば理解できるはずなんです 』
著者は禅の奥義のことを言っている.
それはそもそも「理解」できるものなのか.
生活の細部まで意識化することで煩悩を振り払おうとした禅と、生活への意識を無効にすることで自然に近づこうとした老荘思想は、結局同じ世界をめざしていたのではないか.
Wikipediaに出ていた良寛の言葉.
『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候』
達観である.
ところが、『是はこれ災難をのがるる妙法にて候』という言葉が続いて、がっかりする.
「災難に逢う」というのは、災難は避けることができるという意味を含んでいる.
人間の自由意志を鼻で笑った荘子なら、こういう発想をしないだろう.
ほんとうはこの世に「災難」などというものはないのだと、良寛は知っていたはずである.
良寛が師から得た号は「大愚」.
生活や人生の「知恵」などに、興味はなかったろう.
平安貴族にとって、和歌は生活に必須のものだったが、良寛のような江戸期の僧侶にとって、詩歌は不可欠のものではない.
この書に「わびさび」や「無常感」といった視点はない.
著者は良寛の詩歌に、風景に託した心情を通して、近代的な表現いわば「自我」をみようとしている.
それはまさに、良寛自身を苦悩させた原点でもある.
「今そこにあるじぶん」は、人間最初で最後のテーマだ.
一方現代人は、良寛が思いもしなかった方法で、この課題を無効化しようとしている.