2021年10月30日
[映画]

"まずい結末になる"
アメリカの田舎町センターヴィルの保安官は三人、ロニー署長(ビル・マーレイ)、クリフ巡査(アダム・ドライバー)、ミンディ巡査(クロエ・セヴィニー)
町をパトカーで走るロニーとクリフ.
この日この町では、ペットの犬や猫がいなくなったとか、携帯が通じないとか、夜がいつまでも明るいとか、妙なことが起きる.
ホアンとした音楽が、どこか不穏で不気味なのだが、このゆっくりしたテンポはなぜか懐かしい.
何気なく撮影しているようにみえて、ジャームッシュの映像は洗練されている.
「まずい結末になる」とクリフが何度も言う.
終盤で、どうしてそう確信できるのかとロニーが問うと、クリフが、監督にもらった台本を読んだからだ、と答える・・
自分にはあずかり知らぬチカラで、世界は崩壊に突き進む.
死者が墓場からよみがえり、町を歩き出す.
レストラン「ダイナー」で、顔馴染みの店員が二人襲われて死ぬ.
かけつけたロニーとクリフ.
クリフはこともなげに「ゾンビのしわざだ」という.
ゾンビの傾向と対策 その1
ゾンビは死なない.
ただし、首を切られると、動かなくなる、つまり死ぬ?
この映画では、首をはねると黒い煙が出る.
ゾンビは人間を襲ってその肉を食らう.
実は、ゾンビがすることはそれだけである.
一方で彼らは、生前の執着心を引きずっていて、
コーヒー好きとかギター好きとか、スマホを持ってWi-Fi‥Bluetoothとつぶやくゾンビまで出てくる.
恋人の名を呼ぶゾンビはいない.
この映画に登場するのは、「モノ」に取り憑かれたゾンビだけである.
ゾンビの動きはギクシャクしていて遅い.
だから、襲われたら、走って逃げればよい.
ただし、力はたいそう強いので、取りかこまれたら危ない.
ゾンビは、あまり利口ではないが、生きている人間を探して集まってくる.
そして体を食われて死んだ人間は、やがてゾンビとして再生する.
つまりゾンビは「感染」する.
で、ロニーとクリフ.
「ダイナー」の事件に対して、すわ凶悪犯罪!と色めき立つとか、州兵の応援を頼むとか、ゾンビに対する作戦を練るとか、町の人々と自衛団を組むとか、・・しないのである.
ゾンビがうろつきはじめた町を、ただパトロールする.
この二人組の妙な間合いは、じわっと可笑しい.
ポケットに手をつっこんで歩くロニー、無表情なこの男、どういうわけか「男はつらいよ」の森川信を思いだす.
笑わない「おいちゃん」に似ている.
たまたま町にやってきた若者三人が、モーテルでゾンビに殺された.
クリフは、蛮刀で被害者三人の首を切り落とす.
それを見たミンディ巡査は卒倒しそうになる.
やがてゾンビになるから、とクリフは言う.
一連の状況に、心底おびえているのはミンディだけで、ロニーとクリフの会話は、どうもピントがズレている.
あまりの展開に、どうしていいかわからない、とでもいうように.
ゾンビの傾向と対策 その2
ゾンビは、墓場から出てきた死者と、殺されてゾンビ化した町の人たちなのだから、その数には限りがある.
今いるソンビ全部の首をはねれば、事件は解決する.
しかしなぜか、殺しても殺しても、ゾンビはあとからあとから現れる、ようにみえる.
果たして、喰らうべき生者がすべていなくなったとき、ゾンビはどうなるのか.
まさか、餓死するのだろうか.
ゾンビは、手足がもげたり顔が腐敗したりしていて、その姿は実におぞましい.
しかし、墓場からよみがえった彼らは、かつてこの町で暮らした人々だったはずである.
どこそこの農夫だったり、誰かの祖母だったり.
死者が、思い出として永遠に記憶されるのではなく、目の前に、歩く死体としてあらわれる.
これほど困った話はない.
よみがえるのなら、元の姿と元の心にしてほしい、それが「天国」の話だ
ゾンビが跋扈するこの世界は、実は「最後の審判がおりたあと」の「地獄」なのか.
ニンゲンとは、肉体という入れ物に「魂」が宿ったものである、と400年前のデカルトは考えた.
魂を失った肉体は、人間ではない.
だから、ゾンビに基本的人権はなく、どんどん殺してかまわない.
これが、ちまたにあふれるゾンビ映画の決まりである.
現代医療は、このデカルト的発想の極致にある.
病気は単なる肉体の故障であり、修理不能が、死である.
魂を失った肉体の、なんとみすぼらしいことよ.
生と死のこの落差を、人間は、どうしても納得できない.
遺体は、火葬でも土葬でも風葬でも、やがて朽ちて土に帰る.
キリスト教の「復活」も、遺体がよみがえると考えたわけではない.
肉体だけよみがえったゾンビは、自らの魂を求めて、さまよい歩く.
身体が修理可能であるという「現代医療」が、"Living Dead"=ゾンビを産んだのである.
いまや医療なしで寸刻も生きてゆけぬ、我々は、自身がゾンビでないと、証明できるのか?
ゾンビ騒動に、門外漢とでもいうべき立場の登場人物がいる.
森で暮らす浮浪者のボブ(トム・ウェイツ)と、
エヴァーアフター葬儀場の主人ゼルダ(ティルダ・スウィントン).
ボブは、町の騒動を双眼鏡で眺めながら「無数の人間の 名状しがたき悲惨(白鯨)」などとつぶやいている.
一方ゼルダは、葬儀場の死体が動き出しても、動じない.
彼女は、なぜかツバのない日本刀を下げていて、それでばさばさとゾンビの首を切り落とす.
死人よりも青白い顔をしたこの女、警察署のコンピューターで宇宙船を呼び出した(らしい).
ゾンビが群れる墓場の上空に、空飛ぶ円盤が現れ、ゼルダひとりを吸い上げて宇宙の彼方へ飛び去る.
こんなクソ社会にいてもしょうがないとばかりに・・
あはは、なんだかよくわからない.
地上に残された、ロニーとクリフとゾンビの群れ.
この世に生きる限り、わたしもあなたも、ゾンビになるしかない、のである.
それでも死者は歩き回る
なじみの世界を
この世が終わっても
あの世があるから
いや、この世こそが、あの世、なのだ.
生者だけが、それに気づかない.