2021年7月4日
[ドラマ]

NHKが4月に放映したドラマ.
大正7年、千葉県に住む作家家族が遭遇したスペイン風邪騒動.
一世紀前の話である.
家には家族三人と女中が二人いる.
小さな娘が感冒にかかっては大変と、主人である「私」は気をもむ.
「私」は、子供に、運動会に出てはいかん! 女中には、村芝居の見物なんぞもってのほか!と宣言する.
この時代、庶民にとって「流行感冒」を防ぐ手段は、人混みに出ないことだった.
市民にマスクが広まったのもこの頃だという.
一見して画面が暗い、この渋いトーンは、優れたNHKのドラマに共通している.
東京市内のオープンセットなど、しっかり作っていて、見応えがある.
作家夫婦(本木雅弘、安藤サクラ)も、女中の石(イシ)(古川琴音)も好演.
原作である志賀直哉の同名小説を読み直してみた.
昔から、この著者の作品を面白いと思ったことはないのだが、これはまぁおもしろい方.
話の中心は、インフルエンザではなく、女中イシに対する、主人公作家の「葛藤」である.
イシは朴訥(ぼくとつ)な田舎娘で、芝居が大好きだった.
ある晩、帰りの遅かったイシに、村芝居を見物に行ったのではないかと問いつめるが、彼女は否定する.
「私」は疑っている.
疑っている自分自身が不愉快だと感じるのが、この作家の特徴で、彼女に対する思いが「私」の中で様々に変化する.
数日後、イシが母親を伴って来て、実は芝居を観に行きましたと告白する.
それみたことか.
子供をイシに近づけてはいかん、イシはクビだ、と大騒ぎになる.
妻の取りなしで、彼女は出て行かずにすむが、
イシもその母親も、詫びはするものの、嘘をついたことについては、そんなに騒ぐ事はないと思っているらしい.
「私」は、そのあたりが納得できないし、不愉快である.
しかし数週間して、あろうことか、「私」が感冒にかかる.
出入りの植木屋から感染したらしい.
やがて感冒は、イシを除く家族全員に広まり、みんな寝込んでしまう.
その上、家で雇った看護婦まで感染してしまう.
その間、家族全員を懸命に看病し、家事を切り盛りしたのは、イシだった.
彼女は、いつものように、黙々と働いた.
やがて、家族の病が癒えたあと、「私」はイシにお礼を言う.
心配性の大作家先生と、実直さとある種の頑なさをもった女中のやりとりが、この話のおもしろさ.
ドタバタ喜劇のようにみえて、その背後には、感染症という偶然の死が横たわっている.
疫病は何度もこの国を襲ったが、
加持祈祷や願掛けではなく、マスクと手洗いで、感染症をのがれられると、庶民が悟ったのは高々100年前のことだ.
それでも病気にかかったら、この主人公のように、運が悪い、と考えるしかない.
それは、自分に悪魔が取り憑いているとか、神さまの罰を受けた、というのではないのだから.
しかし、現代は違う.
ウイルスは避けることができるし、感染しても病院に行けば助かると、誰もが考えるようになった.
かくして、ウイルスで病気になるのは「運が悪かった」のではなく、本人の無知・努力不足あるいは、政府自治体の政策が悪いということになる.
対処法がないのならあきらめもしようが、治療できる予防できると分かっていて、それにすがらぬ者はいない.
つまり、コロナ(COVID-19)の恐怖の元は、ウイルスではなく「医療」である.
百年前のスペイン風邪は3年間続き、日本の累計死者は40万人だった.
現在の日本のコロナ累計死者は1年半で1万4,000人.
日本の年間の総死者数は140万人だから、あなたもわたしも、今死ぬとしたら、その原因の99%は、コロナ以外である.
それでも、ウイルスが怖くて大騒ぎになるのは、百年前と変わらない.
ドラマの登場人物たちは、風邪は万病のもと、という処世訓程度の医療しか持っていなかった.
現代社会は、都市をロックダウンし、ウイルスのゲノムをあっという間に解析し、遺伝子操作でワクチンを大量生産し、そして、集中治療室も、人工心肺も、その上、ありあまるほどの情報がある.
現代人は、ウイルスも人体も科学的に制御できる(に違いない)、という前代未聞の知恵を、医療から得たのである.
当初「ウィズコロナ」と言っていた処世訓も、結局、吹き飛んでしまった.
健康は「善」であり、病気は「悪」なのだ.
コロナ撲滅!
かくして人間はもう、ウイルスも人体も理解できなくなったのである.