錆びたナイフ

back index next

2021年6月27日
[映画]

「グッド・ネイバー」 2016 カスラ・ファラハニ


「グッド・ネイバー」


予告編をみると、
悪ガキ高校生が、近所の老人の家にびっくりカメラを仕掛けて、おどかそうとしたはずが、その老人の方がよほど恐ろしい男だった、というサスペンススリラー映画‥だろう、
と思って観はじめる.

「人々は見たいものを見る」という言葉が冒頭に出てくる.
この渋面の老人ハロルド(ジェームズ・カーン)は、一人暮らしで無愛想で意地悪で、近所からも煙たがられている.
たまに訪ねてくる親戚も追い返す.
高校生イーサン(ローガン・ミラー)は、老人の向かいに住むショーン(キーア・ギルクリスト)と結託して、この老人を驚かせ、その映像でユーチューバーの人気者になろうと計画する.
題して「幽霊プロジェクト」、超常現象に遭遇した人間がどんな行動をとるか.
ふたりは老人の留守宅に忍び込んで、無線隠しカメラと一緒に、扉がガタガタ動く装置とかラジオが突然鳴り出す装置とかを仕掛ける.
最初は停電を起こして、いぶかる老人をショーンの部屋から観察する.

と、裁判のシーンが現れる.
結局、何か事件が起こったのだ.
警官が証言する「血まみれの遺体のそばに 被告人がいました」
誰が加害者なのか、被害者なのか、わからない.
こういう展開は見事で、脚本が素晴らしい.
話は、この裁判の進行と、高校生たちの抱いた疑惑と、エスカレートする盗撮、そして老人が思い出す妻の映像が、平行してあらわれる.

夜中に網戸が激しく動いた時、老人は、斧を持ち出して網戸をめちゃめちゃに壊した.
ラジオが突然鳴り出した時、老人は驚くのではなく、呆然としていた.
老人は、ふたりが思ったようには驚かない.
イーサンは、この老人が、妻を殺して地下室に隠しているのだと言い出す.

裁判の証言席にショーンが登場する.
すると、死んだのは、イーサンか、老人か?

イーサンは、通行人を語って、警察に、老人の家の地下室から女の悲鳴が聞こえた、と通報する.
念のため地下室を見せてくださいという警官.
そこにあったものを、映像は写さない.
ショーンとイーサンは、隠しカメラでその様子を見ているが、地下室のようすはわからない.
納得して帰る警官に、老人は、ほんとうに女性の声が聞こえたのか、と聞く.

ショーンが止めるのも聞かず、イーサンはとうとう、深夜、銃を手に、老人の地下室に忍び込む.
しかしそこに死体はなくて、古びた医薬品と、卓上で使う呼び鈴があった.
彼は何気なく呼び鈴を取って、居間のテーブルの上に置く.
ベルの音を聞いた老人が起きだして、銃を持ち、居間に来る.
自分の部屋からそれを見ているショーンは、イーサンに、早く家を出ろと無線で叫ぶ.
電波が途切れて隠しカメラの画像が乱れる.
このあたりの緊迫感は実に上手い.
居間に隠れているショーンの前で、老人は、テーブルの呼び鈴を見て、自分の頭を撃つ.

老人は妻の死後12年間一人暮らしで、妻と暮らした家を離れることを拒んでいたことが、裁判で明らかになる.
網戸は、かつて妻が、故障しているから直して、と老人に告げたものだった.
ラジオから流れた音楽は、かつて妻と踊った曲だった.
呼び鈴は、病気で寝たきりになった妻に、自分を呼ぶときに鳴らせと、老人が贈ったものだった.
老人は、妻が、あの世から自分を呼んでいる、と思ったのである.

一連の出来事に遭遇した老人の気持ちを、映画は説明していない.
怪しい男だと思っていた観客は、ドンデン返しをくらう.
最後になって、この老人の悲しみが伝わってくる.
ああそうだったのかという思いが、こみあげてくる.
映画の構成として、見事というほかはない.

二人の高校生は、軽微な判決を受け、裁判所の前で、報道陣に囲まれたイーサンの顔を長々と写して、映画は終わっている.
思い通り有名になった、とでもいうように、その顔は反省しているふうには見えない.
イーサンには母親に暴力をふるう父親がいて、母が老人の家に逃げ込み、老人の証言で父親は刑務所に入れられ、その後両親は離婚する.
それでイーサンは老人を逆恨みしていた、という話が、裁判の中にでてくるが、私は、なくもがなの話だと思う.
この高校生たちは、思いもよらず、人間の深い悲しみと人生の闇に、出会ったのである.
自宅で起こった怪奇現象が、実は彼らのいたずらだとわかったとしても、この老人は自死を選んだかもしれない.
妻が呼んでいることにかわりはない、と.

「このジジイ、かなりヤバい」というコピーは、的外れだ.
日本の配給会社の、邦題や宣伝コピーのひどさは、今にはじまったことではないが、多分これを考えた担当者は、予告編しか見なかったのだろう.



home