錆びたナイフ

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2020年1月4日
[TV]

「鬼滅の刃」 吾峠呼世晴 全26話


「鬼滅の刃」



「きめつのやいば」、原作者は「ごとうげ こよはる」
小学生の子供たちが面白いと言うので、TV版アニメ26作を観た.
大正時代を舞台にした「和風剣戟奇譚」
原作のマンガ本よりアニメの方が面白い.

人食い鬼に家族を殺された少年・竈門炭治郎(かまど たんじろう)が、生き残った妹・禰󠄀豆子(ねずこ)と一緒に鬼と闘う.
まるで『子連れ狼』のように、炭治郎は妹を入れた箱を背負って闘う、というのがユニーク.
禰󠄀豆子は鬼になっているのだが、普段は眠っていて、時に異能を発揮して炭治郎を助ける.
妹を人間に戻す、というのが、主人公の最大の目的だ.

鬼はたくさんいる.
どれも奇怪な姿で、圧倒的なチカラと強力な妖術をもっている.
日光にあたるか、特別な刀で首を切り落とされない限り、死なない.
ゾンビとドラキュラと『遊星からの物体X』が合体したような怪物の中で、子供の姿をした鬼の無気味さにはぞっとする.
この陰惨さはイジメとよく似ている.
かれらを生み出す頭首は、鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん).
どうもこの作者の命名は難しい文字が多い、よくまあ子供が読むものだと思う.
一方の人間は、「鬼殺隊」という鍛錬された戦闘集団で、鬼に対抗する.
炭治郎は厳しい修練ののち、鬼殺隊に加わる.
出てくる鬼は回を追うごとに強くなり、それに圧倒されながらも闘い抜き、成長してゆく炭治郎.
話の元は「バイオハザード」とか「ゾンビ」なのだが、この作品は、モンスターは片っ端から撃ち殺しておしまい、ではなく、
鬼たちがかつて人間であったときの思いが加えられている.
それは病気やイジメやネグレクトで、そういう人間の世界に耐えきれず、頭首に誘われ鬼になったのだ.
鬼にも主人公にも、子供の頃の母や家族への思いが、暖かく優しさに満ちたイメージで現れる.
にもかかわらず、人間社会の酷薄さの描写に救いがないと、私は感じる.
「あきらめるな!」「闘え!」「考えろ!」といった鼓舞が、子供たちの心に響くのかもしれないが、
この作品はとうてい子供向けとは思えない.
腕がちぎれ首が飛び血がしたたるという残酷シーンのせいだけではない.
愛も勇気もパッケージ化されていて、おぞましさがその核心になっている.

映像は見事.
ピクサーでもディズニーでもジブリでもない、こんな映像は見たことがない.
人物は2Dだが背景は3Dで、よく書き込まれた絵画のようにもみえる.
カシャーンという冷たく鋭い刃(やいば)の音、パワフルでビビットなテーマ曲.
従来のテレビアニメのレベルを超えている.
それでも、ばかでかい瞳、ときに子供っぽい台詞、めそめそ泣く主人公など、欧米のヒーロー映画にはあり得ないのだが、
このいかにも日本的な作品こそが、有無を言わさず世界を席巻するだろう.

男なら泣くな、男なら強くなれ、男は家族を守れ、さらに、長男だから耐えろ、というセリフまで飛び出す.
あれれ今時、価値観が「先祖返り」してしまった.
同時に「鬼」にも「鬼殺隊」にもある、体育会系「強さの序列」
弱いもの、敗者は、話にならない.
力の強いものが圧倒的な権力を握っている.
そして、鬼の頭首・無惨は、華奢でもの静かな人間の姿をしている.
その優しげな声音(こわね)から出る冷酷無残な仕打ちが、ぞっとするような「悪のおぞましさ」を描きだす.
人を殺すことに快楽を感じているようなタチの悪い鬼がいて、炭治郎ならずも「絶対許せない!」と言いたくなる.
しかし人肉で生きている鬼たちにとって、人を襲うことは死活問題だろう.
「鬼」からみれば「鬼殺隊」こそ許しがたい.
鬼殺隊の女剣士・胡蝶しのぶの、ニコニコねちねちした物言いを聞いていると、鬼よりタチが悪い.
鬼と鬼殺隊とは、実は同じなのではないのか.
どう見ても、鬼と人間は等価なのだ.
人間が鬼を産み出したのではない、そもそも、鬼が人間を産み出したのだ.

炭治郎は隊内で、泣き虫の善逸(ぜんいつ)と、猪突猛進の伊之助(いのすけ)にめぐりあい、三人は凸凹コンビになる.
このキャラクターが一番わかりやすく、おもしろい.
原作はさらに続いている.
26作を観て、私はどうにも後味が悪かった.
この原作者は非凡な想像力と構想力を持っているが、欠けているものがある.
それは、ギャグでもドタバタでもない.
善も悪も生きるも死ぬも、人はどのようにもあり得るという視点がなければ、それは生まれない.
ユーモアがないのだ.
発想はゲームから来ている.
人間と鬼しかいない、というゲーム.
鬼を上まわる暴力で彼らを叩きのめし、財宝を奪って凱歌をあげた桃太郎の鬼退治のほうが、はるかに平和だった.
この、パッケージ化された暴力ゲームは、乗り越えられることなく、人間の社会に巣食う.


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