錆びたナイフ

back index next

2019年12月10日
[映画]

「万引き家族」 2018 是枝裕和


「万引き家族」


東京の下町にある古い一軒家に、五人が暮らしている.
家主は年金暮らしの初枝(樹木希林)
日雇い労働者の治(リリー・フランキー)、クリーニング工場で働いているその妻・信代(安藤サクラ)
風俗店で働く亜紀(松岡茉優)
学校へ行っていない少年・祥太(城桧吏)

祥太は治に教えられて万引きをしている.
治は自分を「おとうさん」と呼べと言うが、祥太は「いつかね」・・
話が進むにつれてこの五人は、血縁でないことがわかってくる.
初枝は、この「居候」たちに小言を言いながらも、めんどうを見ている.
五人は、住む場所と初枝の年金をあてにして、とりあえず一緒に生活しているのである.

治と祥太はある夜、団地のベランダにいた子供・ゆり(佐々木みゆ)を家に連れてくる.
ゆりの体にはやけどの跡がある.
治夫婦は、一旦は子供を帰そうと団地まで行くが、両親の怒鳴り声が聞こえて、また連れて帰る.
信代のゆりに対する気持ちが変わった.
この一家は信代が仕切っていて、子供好きの治はいい加減でふわふわしていて、ゆりが流れ星のように家族の中に入ってきた.

狭い部屋に寄り集まって食事をする、和気あいあいと「うざったさ」がないまぜになったこの光景が、この映画の核心だ.
「貧しいながらも幸せに暮らしている」にはちがいないが、お互いが信頼といたわりでつながっているかというと、
そうでもない.
そこに居なければ陰口を言うし、都合の悪いことは黙っている.
誰もがすこしづつ傷つけ傷つき、すこしづつ「善良」ではない.
亜紀からみれば、初枝は死んだ祖父の前妻なのだが、その後妻・亜紀の祖母は、最初愛人だったということか.
初枝は月命日の供養と口実を作って、亜紀の両親の家へ出向いては「慰謝料」をせびってくる.
両親は長女の亜紀は海外に留学しているという.
その亜紀が自分の家にいることを、初枝は言わない.
こういう、しれっとした「ふつう」の老人を演じて、去年亡くなった樹木希林の右に出るものはいないだろう.
亜紀は、初枝が両親の家に行っていることを知らない.

数ヶ月して、ゆりの失踪がテレビで報道される.
「やばいよ」と言いながら治と信代は、ゆりの髪を切って「りん」という名前にする.
あれまこういう展開か?、可笑しいといえばとても可笑しい.
祥太はゆりを連れて駄菓子屋で万引きをするが、店の主人(柄本明)に「妹にはさせるな」とひとこと言われる.

ハーフミラー越しにお客に胸やお尻を見せて「添い寝、ハグ、膝枕」もするというのが、亜紀のJK風俗店.
亜紀は客の「4番さん」に、自分の妹・ゆりの話をする.
店での亜紀の呼び名は「さやか」で、それは両親の家にいる実の妹の名前だ.
初枝は亜紀に「意地が悪いね」という.

一家でいちばん世慣れているのは信代で、クリーニングで預かった客の服の中にあったものを、くすねたりしている.
失踪した子供と暮らしていることをチクると、工場の同僚に脅された時、信代は「しゃべったら殺す」と言う.
この女の中に渦巻いているのは、善良さでも悪徳でもない、いわれのない暴力にさらされた経験の、絶望と怒りである.

ある日、初枝がポックリ死んでしまう.
するとあろうことかあるまいことか、おばあちゃんはいなかったことにしよう、という話になる.
救急車や警察を呼ぶわけにはいかないのである.
初枝の死体を床下に埋めて、「またこんなことするなんて」と治がぽつりという.
彼には、暴力をふるう信代の前夫を殺害したという前科があった.
家族それぞれの姿が、次第に明らかになる.

「学校へ行くのは、家で勉強できないやつだ」
「店に置いてあるものはまだ誰のものでもない、だから万引きしてもいい」
祥太は、治の言葉をそのまま信じている.
が、治が車上荒らしをするのを見て、
「それは人のものじゃないか」という.
子供の存在が、流星のように一瞬、大人を照らす.

かれらはどうも、あまり先のことを考えていない.
15年前の是枝作品『誰も知らない』に似ている.
この生活、いつか破綻するよなぁ.
万引きをしたゆりをかばおうとして、祥太が店員に追われて怪我をする.
家族に「公権力」が介入する.
すべてが「明らかに」され、家族は「解散・リセット」される.
死体遺棄、年金詐欺、幼児誘拐.

警察官(池脇千鶴)が信代を尋問する.
自分に子供ができず、うらやましかったから誘拐したのか、と.
ああ、それはちがう・・
この時の言葉にならない信代の表情が、この映画の奥底の「感情」をあらわにしている.

祥太は、パチンコ屋の車に置き去りにされていたのを、治と信代が連れて育てた子供だった.
この少年は、実の両親を覚えていない.
治のことは「おじさん」と呼んでいる.
子供に万引きさせるのは、後ろめたくなかったか?と問われて、
「おれ、ほかにおしえられることが、なんにもないんです」と治.
この男は無責任で小悪党だが、それでもこの少年がいとしくてならなかったのだ.
少年は、この男のいい加減さを知っていて、それでも心の底で男を信頼した.

警察が明らかにする「事実」は、この家族をまったく別の顔にする.
家族のフタを開けてみれば、あなた、ほんとうは誰だったの?
しかし、そういう問いに、この映画の作者は興味がない.

「万引き家族」?、それがどうした.
正義と道徳の仮面を被って他人を指弾する、われら社会のうさんくささよ.
違法か適法か、それでしか自分の生き様を決められない、あわれな大人たちよ.
ゆりは両親の元に戻され、再びネグレクトにさらされる.
ベランダで遊ぶの少女の顔のアップで、映画はふいと終わる.
この監督の作品は、さらっと撮っているように見えるのだが、観終わって、呆然と立ちすくむ.
日本の社会が産み出して解体させた、この疑似家族が、観客の心をつかんでゆさぶる.
求めていてそこにあるようにみえる、「家族」という蜃気楼.

一家六人で海に遊びに行った時、浜辺で初枝がつぶやいた言葉は、
みんな、ありがとう、と聴こえる.
祥太が最後に治と別れた時につぶやいた言葉は、
おとうさん、と聴こえる.


home