錆びたナイフ

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2019年5月15日
[TV]

「トクサツガガガ」 2019 NHK


「トクサツガガガ」


NHKのTVドラマ、BSで全7話一挙再放送、というのを見てしまった.
劇中劇である『ジュウショウワン』とかいう特撮番組も、おう、ちゃんと作っている.

テレビの特撮ヒーローものが大好きという、26歳のOL仲村叶(なかむら かの)(小芝風花)が主人公.
日曜日の朝とかに放送しているこの手の特撮ヒーロー番組は、孫が見るので私も見るが、結構ハマる.
テーマは友情、信頼、裏切り、希望、勇気、むしろ大人向けではないかと思うほどしっかり作っていて、面白い.
しかし仲村さんは、特撮オタク(特オタ)であることを、職場ではひた隠しにしている.
わぁバレてしまうとか、同好の士に巡り合うとか、ヒーローたちにはげまされるとかのお話.

都心の近代的なビルで働く仲村さんは、特撮モノ以外にまったく興味はないようで、職場の仲間たちとの飲み会とかカラオケとかも、本当は行きたくない、ウチで特撮番組を見ていたいのだ.
恋愛に憧れは持っているが、それは特撮ヒーローへの憧れと同じである.
「特オタ」が子供っぽい、女の子らしくない、と思われるのを恐れているのは、仲村さんの子供時代の、母親(松下由樹)からの抑圧体験が元になっている.
いい年をして、こんなものにうつつを抜かして、と母親につめよられると、仲村さんはうろたえて、じれったいほど自分の気持ちを言えない.
今だに「お母ちゃん」と呼ぶその母が、巨大怪獣のように仲村さんの心を支配している.
一人都会で暮らす彼女は仕事以外で「特オタ」ざんまいしているが、それは宿敵「お母ちゃん」が目の前にいないからできることなのである.

子供が夜中にトイレに行くのがこわいとき、アンパンマンが勇気をくれる.
仲村さんは、特撮ヒーローたちから、日々の勇気を得ている.
現実はすべて特撮だ、と思えば、登場人物はマンガチックになって、ああこれなら生きていける.
「特オタ」は、仲村さんの「生き方のノウハウ」なのである.
大人になるとは、結婚や子育てを優先して、好きなことをあきらめること?
このまま大人になれるのだろうか、はたして結婚なんてできるのだろうか.
特オタ仲間の吉田さんやマイさんと一緒の時間はこの上なく楽しいが、彼女は最大の宿敵との対戦を、その日伸ばしにしている.

子供の頃、仲村さんが大事にしていた特撮テレビ本を、お母ちゃんが庭で燃やして焼き芋を作ったというエピソードがでてくる.
愛情を盾に、娘の気持ちを踏みにじった母親の行為は、無残なのだが、仲村さんは多分、その思い出をマンガだ、ヒーローの逆境シーンだと思って、乗り越えようとしたのである.
トラウマが人格を作る.
コンプレックスは、その人の人間性そのものである.
最終回でとうとう仲村さんは、母親に怒鳴り返して、親でもない子でもないと宣言する.
ついにやったぁ!
仲村さんは心の底で、自分もやがて母親のようになるのではないか、今自分が母親を見るように、自分の娘が自分を見るではないか、それはたまらない.
彼女が恋愛や結婚に奥手なのは、そのせいかもしれない.

もし親が、子供の思いをすべて受け入れて、完璧な子育てをしたなら、その子供は大人になってヒトを愛さないだろう.
愛とは、満たされなかったなにものかへの「飢え」なのである.
だから、子供の思いどおり、親の思いどおりにならないということは、子育てに必須のことなのだ.
ああだから仲村さん、この話にはその先がある.
正義と道徳のヒーローたちは、怪獣が好き勝手に振る舞って生きることが許せないのだ.
つまりほんとうは、「お母ちゃん」がヒーローで、仲村さんが怪獣なのだ.
そして、怪獣になる勇気がなかったヒーローは、やがて、正義と道徳の鎧をまとったまま、年老いた渋面の妖怪になる.
この妖怪は頑固で意固地で人のいうことを聞かない.
唯一の弱点は、涙もろいことである.


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