錆びたナイフ

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2019年1月14日
[映画]

「誰も知らない」 2004 是枝裕和


「誰も知らない」


母親のけい子(YOU)と12歳の明(柳楽優弥)が、アパートに引っ越してくる.
大家には母子二人だけと告げるが、引っ越し荷物のトランクに中に隠れていたのはゆき(清水萌々子)と茂(木村飛影).
夜になって長女の京子(北浦愛)がやってくる.
子供が多いのはお断りというアパートらしい.
明以外の子供たちは、部屋に隠れて生活する.

父親が違うという4人の兄弟姉妹は仲が良くて元気で、明がしっかり面倒をみている.
明も京子も学校に行っていない.
「学校なんか行かなくていいよ」とけい子は言う.
お母さんは勝手だと明が文句を言うと、
「一番勝手なのは、いなくなったあんたのお父さん、
 あたしは幸せになっちゃいけないの?」

母親に新しい男ができたらしい.
明は、僕たちのことを相手に話したかと聞くが、けい子は言葉を濁す.
母親は出張と称して家を空けるようになる.
約束したクリスマスにも帰ってこない.
明は、自分たちが母親に捨てられたと確信するが、弟妹たちには言わない.
帰ってこない母親を、駅まで迎えに行くというゆきを連れて、夜の街を歩く明.
ほわんとしたゴンチチの音楽.
いつか飛行機見に行こうね.

明は、小学6年生にしてはよくやっているが、やっぱり無理だろうな.
部屋が荒れてくる.
母親からの送金が途切れて、アパートの電気ガス水道が止まる.
子供たちは公園のトイレを使い、公園の水道で洗濯をする.
ベランダに野の花の種を植えたりして、子供たちだけで仲良く暮らしているが、生活は破綻している.
明は街で、女子高生・紗希(さき・韓英恵)に出会う.
学校でイジメにあっているこの少女は、暗い顔をしている.
子供たちの部屋に来て、紗希に笑顔が戻る.
学校に行けない子供と、学校が苦しい少女.

こんな愛らしい子供たちを捨てるなんてと我々は思う.
育児放棄する親は無責任で身勝手と思う.
どこかで大人が助けてあげればいいのにと思う.
日本社会には、こういう子供たちを「救う」仕組みがちゃんとある.
しかし、コンビニのお姉さんが「警察とか福祉事務所に連絡したら」と言うと、
明は「そうすると4人一緒に暮らせなくなる」という.
部屋代の催促にきた大家は、母親がいないとあきらめて帰ってしまうが、その時の子供たちは、どうかこのまましておいて、という顔をしている.
有無を言わさぬ大人の社会のメカニズムを、怖れているのだ.

大人に頼らないわけではない.
明は時々、タクシー運転手の父と、パチンコ屋の店員の父に逢いに行って、多少のお金を都合してもらう.
コンビニの店員は売れ残りの食品を分けてくれる.
でもこれから先どうするのだろう.
ケガをしたり病気になったらアウトだな、と我々大人が想像するとおり、ゆきが死んでしまう.
あどけないこの子の死に顔は、画面に出ない.
明と紗希はトランクに詰めたゆきを羽田まで運んで、飛行機が見える場所に埋める.
母も父も知らない、兄姉弟と紗希だけが体験した、小さな命の終わり.
ゆきを葬って泥だらけの服で、夜明けの街を歩く二人は、崇高でさえあった.
幼くても、人は死ぬのだ.
夏、残った3人と紗希の暮らしが始まる.

東京で実際に起きた事件をモチーフにした作品だという.
開発途上国の子供たちならありえる話かもしれない、それをこの日本でやってのける.
人間を救うのは、社会システムではない.
是枝裕和は、何かを積みあげることではなく、引き算することで家族を描いた.
70年代の家族を描いた山田洋次の、はるか先にいる.
誰かがひとこと役所に告げれば、彼らは「救い出される」だろうが、この監督はその道を通ろうとしない.
この映画を、ネグレクトやイジメの「社会問題」と考えていないのだ.
けい子も二人の父親も、悪人というわけではない.
子供たちは、助けを求めているわけではない.

「誰も知らない」とは、社会の埒外ということだ.
同級生から「臭い」と言われ「死ね」と言われても、
子供たちは、からだひとつで、ただ単純に「生きて」いる.
彼らが立っているのは、例外とされ、排除される「聖なるもの」の場所である.


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