錆びたナイフ

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2018年8月12日
[本]

「生命、エネルギー、進化」 ニック·レーン


「生命、エネルギー、進化」


この地球で、生命はどのようにして誕生したのか.
太古の原始スープのような海に「雷」が落ちて、無機物からアミノ酸が生まれ細胞が生まれ多細胞生物が生まれた、という単純な話ではないらしい.
「われわれは体重1グラムあたり約2ミリワットのエネルギーを使っている、つまり、体重65キログラムの平均的な人間ではおよそ130ワットで・・大きな数には思えないかもしれないが、1グラムあたりでは太陽の使っているエネルギーの1万倍にもなる。生命はろうそくのようなものではない。むしろ、発射台のロケットなのだ」
(「太陽の使っているエネルギー」とはなんのことだろうか、私の計算では、太陽の1グラムあたりの放出エネルギーは、190ミリワットである)
著者が着目するのは、生命を維持し命をつなぐために必要な「エネルギー」の流れである.
「ほぼすべての生体細胞は、プロトン[陽子]の流れによってエネルギーを得ている。われわれが呼吸で食物を燃焼させて得るエネルギーは、(細胞)膜を通してプロトンを汲み出し、膜の片側に貯蔵庫を形成するのに使われる」
つまり生命の誕生と進化を、陽子と電子の流れから解き明かそうとしている.

最初の生命である細菌と古細菌は、深海のアルカリ熱水噴出孔から生まれたとする著者の推論は、なんと物理化学だけで、鉱物と熱水から生命が形成されると説明している.
さらに、
「真核細胞は一般的な自然選択によって生まれたのではなく、多くの細菌が緊密に協力するあまり、一部の細胞がほかの細胞のなかに物理的に入ってしまうという、一連の内部共生によって生まれたのだ」
「真核細胞の誕生は唯一の出来事だ。この地球で、40億年という進化の歴史においてただ1度しか起こっていない。ゲノムや情報の点で考えると、この特異な道筋を理解するのは不可能に近い。ところが、エネルギーや細胞の物理的構造の点で考えれば、大いに納得がいく」
多細胞生物が生まれたのは「物騒なまでに不慮の事故に近い」と言う.
この著者がユニークなのは「進化」という仕組みを限定的に使っていることだ.
「自然選択が、無数の原核生物の集団に無限の期間にわたって働いても、内部共生以外の方法で複雑な真核細胞を生み出すことはできないだろう」
つまり原始スープから「物理的に」細菌が生まれたとしても、いつまでたってもそれ以上の多細胞生物は生まれないというのだ.
多細胞生物の基礎である真核生物は、細菌と古細菌から生まれたが、それが如何に奇妙で絶妙なことであるか、というのがこの書の最大のテーマである.

「核から有性生殖まで、真核生物が共有する多くの特質は、基本原理から予測がつく・・・それだけではない。ふたつの性の進化、生殖細胞と体細胞の区別、プログラム細胞死、モザイク状のミトコンドリアさらに、有酸素能と生殖能力や、適応性と病気や、老化と死のあいだに見られるトレードオフの関係。こうしたすべての形質は、細胞内の細胞という起点から生じることが予測できるのだ」
われわれの細胞の中に住む別の生物ミトコンドリアは、ホラー小説「パラサイト・イヴ」に現れたように、タダモノではない.
かつてリチャード・ドーキンスが、生物はDNAの輸送手段に過ぎないと喝破したが、ニック·レーンは、
「結局、呼吸と燃焼は等価なのであり、その中間のわずかな遅延が、生命として知られているものなのだ」
「生命は、エネルギーを放出する主反応の副反応なのである」と言う.

「複雑な生命は宇宙でまれな存在だろうと結論づけてもいいと私は思う。自然選択には、ヒトやほかの複雑な生命を生み出す本質的な傾向はないのだ」
私は、広大な宇宙で、人類が地球外の知的生命体に出会うことはありえないだろうと思う.
広大だから「それ」はいるかもしれないが、広大すぎて出会えないのである.

この書は、生命誕生の秘密を科学的に立証する手掛かりを得たという熱気に満ちている.
生物学の最新の知見が次々と登場するが、著者の文章は主語や目的語が不明瞭なところがあり、一般の読者にはとても読みにくい.
本の帯に「生とは何か」とある.
生命現象はすべて物理的に説明できるという著者の歓喜は、重畳しごくながら、それが、答えなのだろうか.
生命とは、エネルギーの移動にすぎない、と.


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