錆びたナイフ

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2018年4月22日
[映画]

「オール・ユー・ニード・イズ・キル」 2014 ダグ・ライマン


「オール・ユー・ニード・イズ・キル」


ギタイというエイリアンに侵略されたヨーロッパ本土は壊滅状態で、統合防衛軍はイギリスから反撃を図る.
兵士たちは小型のガンダムのような装甲服で武装している.
この地球人の軍隊は「スターシップ・トゥルーパーズ」を思わせる.
圧倒的なギタイは「マトリックス」のザイオンを襲ったセンティネルズに似ていて、強力な触手を武器に恐ろしく素早く動く.

主人公は「SF映画のブルース・ウィリス」、トム・クルーズ.
米軍の広報官に過ぎなかったケイジ(トム・クルーズ)は、強制的に上陸作戦の軍隊に投入されてしまう.
兵士たちは、進化したオスプレイのような輸送機でフランスの海岸に上陸するが、待ち伏せしていたギタイたちの猛烈な反撃にあう.
ケイジはあっという間に死んでしまう..
すると、なんとこの男、1日前の世界に戻ってしまう.
死の間際に敵のボスキャラ・アルファを倒し、その血を浴びたせいでタイムトリップする体質になった、という.
主人公は、出撃は明朝6時という入隊の時点に戻り、その翌朝圧倒的に不利な戦場で死ぬこと、それを繰り返すのである.

「リプレイ」というケン・グリムウッドの小説を思い出す.
それは43歳で死に18歳の自分に戻ることを繰り返すという話だっだ.
主人公は未来の出来事を、経験した記憶として知っているので、社会的な大きな事件や事故を防ごうとするのだが、何故か歴史の流れは変わらないのである.
若い頃に戻りたいとか、もう一度人生をやり直したいと思うことはあっても、それを永久に繰り返すこと、つまり死なないことに、人間は耐えられないのではないか.

ケイジは抜群の戦闘能力を持つ女性兵士リタ(エミリー・ブラント)に出会う.
彼女もまたかつてタイムループを繰り返した人間だった.
敵の核心はオメガで、そいつは時を操作する能力を持っている.
ふたりは、この状況を抜け出すには、オメガを倒すしかないと考える.
「毎日、死に続ける
 オメガを倒すまで・・」
これがケイジの使命である.
これはシンドイ.

世界は、ケイジが入隊した時点にリセットされ、同じように始まる.
昨日はここで死んだが、今日その死を避けることができれば、その先は未知の未来だ.
最初はビビっていた主人公が戦場でメキメキ力をつけ、敵をなぎ倒してゆくのは痛快だが、過酷な戦闘を毎日死ぬまでくりかえす精神力というのは、想像を絶する.
まずこの戦場を生きて突破することだ.
先が読めているのだから、無駄なことはしない.
たった半日ほどしかない時間の中で、彼は「必死に」戦闘訓練を繰り返す.
ケイジは死を繰り返すことで経験を積み、少しづつ戦場での生存時間を長くしてゆく.
かつてのリタのように、怪我をして輸血されるとタイムスリップ能力は失われるので、「死ぬしか生きる道はない」のだ.
リタと共に戦場を生き抜く道を探りながら、ダメと分かればその場で彼女に射殺されてしまう.
なんとも、滑稽で悲惨だ.
しかし、そこでケイジを失うリタにとってみれば、ケイジが死んで再生するのは自分とは別の世界で、自分はギタイに占領される世界に取り残されただけ、ということになる.
彼女が願うのは、殺したケイジが再生する別の世界で、人類がギタイに勝つことだ.
その世界には、別の自分が生きているだろう.
これもしんどい.

あの時ああしていればよかった、という思いをストーリーにしたとも言えるが、もし「あの時」に戻って、自分の発言や行為を変えたとしたら、世界は思い通りの結果になるのだろうか.
物理の世界では「ブラジルで蝶が羽ばたけばテキサスで竜巻が起こる」という.
もし蝶が羽ばたかなければ、竜巻がもっと大きくなった、かもしれないのである.
世界は単純な原因と結果の連鎖ではなく、カオス(混沌)である.
タイムスリップ毎に主人公の記憶が積み重なり、その行為も毎回変わるのなら、周囲で起こることは前回と同じはずはない.
この映画では、少なくとも敵の動きは毎回同じで、まるで何度も失敗しながら迷路を抜けていくようなもの、という話になっている.

ケイジが体験するのは「輪廻」だ.
人間が生と死をくりかえすことへの憧憬と嫌悪が、この作品の背後にある.
未来の経験を身につけていくうちに、主人公の顔にある種の諦観がうかぶ.
人はまた同じことを言う、世界はまた同じことくりかえしている.
彼はおそらく、何百回何千回も、それに出合うのだ.
ケイジはリタを愛するようになるのだが、彼は毎日初対面のリタに出会い、そのリタの死を何回も体験したのだろう.
私はふと、イエスは死すべき存在である人間を、こんなふうに見ていたのではないかと思った.
あいつも、こいつも、おまえも、死ぬよ.
それなのに、今、なにをしている.

戦場を抜け出し、パリに潜むオメガに戦いを挑むケイジは、輸血されて普通の人間に戻っていた.
この戦いのくだりは、あまり面白くない.
特撮を使った戦闘シーンは見あきた.
ケイジはオメガを倒し、その拍子にまた時間が飛ぶ.
ケイジが目覚めたロンドンで、ギタイは一掃されていた.
そこでリタに巡り会ったケイジの笑顔は、これでほんとうに死ねるという喜びでもある.


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