錆びたナイフ

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2018年3月20日
[映画]

「ブルージャスミン」 2013 ウディ・アレン


「ブルージャスミン」


飛行機で隣り合わせた夫人に、自分のことばかり喋り続ける女、ジャスミン(ケイト・ブランシェット).
彼女は妹のジンジャー(サリー・ホーキンス)のアパートに居候するために、サンフランシスコにやってきた.

ジャスミンはそれまで夫のハル(アレック・ボールドウィン)とニューヨークでセレブな生活をしていた.
シスコで歯科医の受付仕事をするジャスミンと、NYでのリッチな生活のシーンが交互に現れる.
あれれどっちの話だ?と思いながら観るが、この展開は見事で面白い.
ハルは裕福な実業家だが、実は仕事で危ない橋を渡っていた.
ジャスミンは夫を信じきっていて、その仕事には関心を持たず、誰から見ても恵まれた生活を謳歌していた.
周囲は皆気づいていて、妻だけ知らなかった夫の浮気が発覚、しかもハルは「真剣なんだ、心から愛し合っている」と言い出す.
逆上したジャスミンは、なんとFBIに電話する.
ハルは逮捕され、詐欺まがいの事業が明るみに出て、財産は没収、その上ハルは刑務所で首吊り自殺してしまう.
行き場のなくなったジャスミンは、妹のアパートに身を寄せる.
これが話のスタート.

ジンジャーは二人の子供がいるシングルマザーで、スーパーで働いている.
彼女のボーイフレンド・チリ(ボビー・カナヴェイル)もその友人もガサツな男たちで、ジャスミンは彼らを毛嫌いする.
おまけにジンジャーの前夫オーギーは、ハルになけなしの金をだましとられてジャスミンを恨んでいる.
ジンジャーとジャスミンは里子で、育ての親が同じというだけなのだが、妹は姉をかばおうとする.
この作品の設定は「欲望という名の電車」(1951)で、ビビアン・リーがジャスミン、マーロン・ブランドがチリなのだと思う.
アメリカは今も、金持ちと労働者の世界が別なのである.
ただし、作者のウディ・アレンは「階級」を描きたいのではない.
チリもオーギーも悪い人間ではないし、どう見てもジャスミンの方がイヤな女である.

ジャスミンとジンジャーは、どちらもパーティーで知り合った男と仲良くなるが、結局うまくいかない.
ジンジャーはさっさと元カレのチリとヨリを戻す.
セレブ男ドワイト(ピーター・サースガード)と出会ってあわや玉の輿かと思いきや、ジャスミンは虚栄心を捨てきれず、本当の自分をさらけ出せない.
でもジャスミンにとって、本当の自分とは何だろう.
ニューヨークで「自尊心満足生活」の顔をしていた時も、彼女は心から安心しているように見えなかった.

ジャスミンとハルには大学生の息子ダニーがいた.
ダニーは父が自慢だったが、その父が逮捕され、傷ついた彼は大学をやめて家出してしまう.
ジャスミンは、ダニーがオークランドで働いているを知って会いに行くが、もう来るなと言われる.
ダニーは、ジャスミンがFBIに電話したことで家族を裏切ったのだと思っている.
「あなたが必要なの」と告げるジャスミンが哀れだ.
アメリカ人の最初で最後のよりどころ「家族」が、もうないのだ.

このヒロインが、自ら生きる力を取り戻すのでも、質素で誠実な伴侶に巡り会うのでもない.
あるいは、軽妙なユーモアにくるんで、あたふたと悲劇を乗り越える、アレンらしい結末でもない.
ドワイトとの結婚話が破綻し、それでもまたジンジャーとチリに悪態をつき、映画は、行くあてもなく妹のアパートを出たジャスミンが、街中のベンチに座ってとりとめなく独語するその顔のアップで終わる.
冒頭から最後のシーンまで、聴こえて来るふわっとしたJAZZの音楽が、ヒサンな話を和らげているが、どう見てもこのヒロインはお先真っ暗である.
姉さん、いいことも悪いことも、昔のことは忘れて、そうすれば大丈夫、何の問題もないわ、とジンジャーは言うだろう.
しかし、忘れられないのだ、しかも、思い出そうとすると、子供のように、まったく考えが進まなくなるのだ.
それが、苦しくてしょうがないのだ.

ヒロインがイヤな女、にも関わらず、この映画は観客をひきつける.
抗うつ剤と酒で精神病一歩手前のジャスミンは、ただ悲惨なだけではない、もう心がこの世にない、という哀しみが伝わってくる.
彼女は現実をそのまま受け入れることができない.
受け入れることも受け入れないことも、彼女を傷つける.

私はエンドロールを見ながら妄想した.
世界は花園ではないが、地獄でもない、心を開いて人びとを見なさい、ジャスミン.
この世は棘だらけのゴミためです、わたしはひとりぼっちで、そのゴミためにすら居場所がありません、かみさま、わたしをあわれんでください.

ジャスミン、ジャスミン、遠くで声が聞こえる.


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