錆びたナイフ

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2018年1月29日
[映画]

「バルタザールどこへ行く」 1964 ロベール・ブレッソン


「バルタザールどこへ行く」



車はシトロエンの2CVで、まだ荷馬車が走っていた頃のフランスの小村.
ジャックとマリーが、子供のロバにバルタザールという名前をつける.
ジャックが村から引っ越したあと、バルタザールはあっちに売られこっちで拾われ、どこでも過酷な労働を強いられる.
サーカスで働いたこともあるし、パン屋の配達に使われた時は尻尾に火をつけられた.
ロバは悲しそうな目をして、ブヒーと鳴くだけだ.

それから何年も過ぎて、バルタザールは昔の厩舎で、マリー(A・ヴィアゼムスキー)に再会する.
村に戻って来たジャック(W・グレェン)はマリーに求愛する.
一方、村の不良グループのジェラール(F・ラフアルジュ)がマリーに言い寄る.
マリーの父は教師で農場を経営するがうまくゆかず、村で孤立している.
ロバもロバの周りの人間たちも、行き場がないかのようにウン詰まっている.
ただし、ロバは何も文句を言わない.

登場する役者はみな素人らしく、話がぶっきらぼうで伏し目がちで、ロボットみたいなぎこちない歩き方をする.
誰もが言葉足らずで、台詞と話の展開が一貫しておらず、筋がよくわからない.
マリーの母はまったく母親らしくないし、ジェラールのパン屋の夫婦も何を考えているのかよくわからない.
ジャックに求婚されながらジェラールと付き合うマリーは、雨の夜、村の男の家にやってくる.
バルタザールを鞭で酷使している酒屋の中年男だ.
そこでマリーは「ずっと逃げたかった」と言う.
男は「人生で得たのは、結局 義務だけだ」と言う.
この宙に浮いたような目をしたヒロイン少女は、一体何を望んでいるのだろう.

警察で尋問された浮浪者アーノルドは、殺人の嫌疑をかけられていた.
ジェラールは不良仲間たちと一緒にアーノルドにちょっかいを出すが、ピストルであわや警官と銃撃戦かという話も、殺人の話も、不得要領で立ち消えになる.
アーノルドは、ある日突然叔父の遺産を手にする.
それを機に若者たちが酒場でどんちゃん騒ぎをして、ジェラールが酒瓶や鏡をめちゃくちゃに壊す.
アーノルドは我関せずとばかり、バルタザールの背に乗って帰る道すがら、
「ここに囚らわれ、バカどもの往来を見る者よ」と道端の道標に言うと、そのままそこで死んでしまう.
この孤独な男、どこかキリストを思わせる.

マリーはジャックと結婚する気になったらしいのだが、不良若者たちに乱暴されて、ひとり村を去ってしまう.
マリーの父は落胆して死んでしまう.
「こいつは時代錯誤で愚かだ、愚かさほど邪魔なものはない」
とロバの悪口を言ったのがこの父だ.
父の葬式にかりだされたバルタザールは、物言わぬ便利なトラックでもあるかのように、その後ジェラールたちに密輸品運びに連れ出され、国境で税関に銃撃される.
野原の只中で、羊の群れにかこまれて死に絶えるこのロバは、哀れで崇高だ.

マリーはジャックに「心を失ってしまった、何も感じない」と言ったが、なぜそうなのかを作者は説明しない.
この三人の若者の恋愛模様を描けば、それで「真っ当な」作品になったと思うが、作者はストーリーやドラマに興味がないのだろう.
魅力を感じる登場人物がいない.
そもそも感情移入できる人物はどこにもいない.
まるで放り投げるように、彼らは時代錯誤で愚かで頑迷で無慈悲だ.
しかし、この映画には静かな諦観と呼ぶしかないような強い魅力がある.
ブレッソンは人間よりロバの方がマシだ、と言っているのではなく、世の中には美しいものがある、と言っている.
聞こえてくるシューベルトのピアノソナタと、ロバだけが無垢な存在で、人間がどれほど愚かであろうが、そういう世界があるのだと.
この映画はそれを感じさせる.


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