錆びたナイフ

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2018年1月3日
[映画と本]

「海街diary」 2015 是枝裕和 吉田秋生


「海街diary」


鎌倉の古い家に住む三姉妹が、異母妹をひきとって一緒に暮らすという話.
15年前に愛人ができて家を出ていったその父が死んだ、という知らせから話がはじまる.
三姉妹が父の葬式で初めて会った中学生のすずは、父と愛人の子供だった.
その愛人は亡くなり、すずは父が再々婚した継母と暮らしていた.
この少女は父も母も失ったのだ.
三姉妹は別れ際、少女に、鎌倉で一緒に暮らそう、と言う.
「行きます」と答えるすず.
駅頭でのこのシーンは印象的で、この監督の力量はずば抜けている.

ゆっくり動くカメラが、丹念にこの四姉妹と季節を描く.
「しらす丼」とか「アジフライ」とか「梅酒」とか地元の料理の描写がよくできていて、料理をおいしく食べるということが、生きることの基本だと伝わってくる.
父と離婚した三姉妹の母・都(大竹しのぶ)は、娘三人をおいて家を出て再婚してしまった.
母代わりに妹たちのめんどうをみてきたのは長女・幸(綾瀬はるか).
酒好きで開けっぴろげな次女・佳乃(長澤まさみ)は姉を「シャチねえ」と呼ぶ.
父のことはほとんど覚えていないと言う三女・千佳(夏帆).
時に喧嘩をしながら一緒に暮らすこの三姉妹にはとても魅力がある.
しかし彼女たちもまた、様々の悩みを抱えている.

「居場所」がテーマである.
自分の母が、当時妻子のあった父と不倫の末に自分が生まれたことで、自分はここにいていいのか、どこにいても自分の存在が誰かを傷つける、とすずは感じている.
長女・幸は、周囲に内緒で職場の同僚医師とつきあっている.
この男に妻がいるらしいということが、薄々わかる.
鎌倉で暮らしながらすずは、中学校の仲間や地元のサッカーチームの中で自分の居場所をみつけてゆく.
これは、一人の少女の再生の物語なのだが、この映画の主人公は、画面に登場しない四姉妹の父ではないかと思う.
「優しくて弱くてダメな人」
子供たちを通してその姿が浮かび上がる.
そして、近所の「海猫食堂」のさち子(風吹ジュン)がすずに言う.
「あんたは、お父さんとお母さんが、この世に残した宝物よ」


「海街diary」

映画を観て、この微妙な話の原作は小説だろうと思ったが、マンガだった.
それで吉田秋生の原作8巻を「読んだ」
映画に劣らず面白い.
四姉妹それぞれの恋愛模様を追いながら、すずが中学を卒業するまでを描いている.

コマ割りや台詞で時間の緩急を生み出すだけでなく、この作者のマンガは、セリフの隣に本音の言葉を並べたり、落書きのようなギャグ絵を混ぜて、表現の幅がおもいっきり広い.
これは日本のマンガの独壇場でもある.
幸が鎌倉駅で不倫相手の男と別れるシーン.
男を見送った幸の後ろ姿の数コマに、遠くから見ていたすずの声がかぶる「お姉ちゃんが泣いてる」・・
脱帽! 私は、このマンガの表現力は、映画も小説も超えていると思った.
原作の完成度は完璧で、映像として何も付け加えるものはない、とまで思わせる.
それを淡々と映画化した是枝監督はたいしたもの.
台詞も話の展開もほとんど原作通りである.
海猫食堂のさち子や三姉妹の叔母(樹木希林)をはじめ、原作のイメージ通りという役者たちがそろっている.

「これは大人の仕事です!」
父の葬式で幸の言葉.
大人であることとは、他人の痛みをわかろうとすること.
それはどういうことかと自問しながら、登場人物たちは成長してゆく.
子供はそういう大人たちの中で育つのだが、すずもその同級生たちも、私には高校生以上に見える.
何を「いい」と思うかということに関して、このマンガの子供たちは大人の考えをなぞっている.
とても現代の中学生の話ではないと思う.

「神様が考えてくれないなら、こちらが考えるしかないでしょう」
世界はもっとイジワルで不条理だとわかっていて、作者は意図的にそうしたのだろう.
ここにいていいよ、という世界を作りたかったのだ.
神サマぬきで.


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