錆びたナイフ

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2017年11月22日
[映画]

「ヘッドライト」 1955 アンリ・ヴェルヌイユ

「ヘッドライト」

めずらしく邦題のほうがいい、原題は「しがない人々」
国道沿いにある食堂「キャラバン」は、ガソリンスタンドと宿屋を兼業している.
冒頭、はるかな原野の只中に、風に吹かれてポツンと建っている店.
戦争が終わって10年ほど、日本も空が広くてぽかんと抜けていた.
長距離トラックの運転手ジャン(ジャン・ギャバン)は、食堂のウェイトレス・クロ(フランソワーズ・アルヌール)と出会った.
ジャンの思い出をたどるような、なんとも切ない音楽はジョセフ・コズマ.
私が子供の頃、ラジオでイタリアやフランスの映画音楽がよく流れていた.
この曲もなつかしい.

この映画は何度観たろう.
「禁じられた遊び」「道」「鉄道員」「刑事」「ブーべの恋人」などと一緒で、戦後日本人の感涙を絞った.
今観てもいい映画である.
ヒロインはもっとはかなげな、マリー・ラフォレみたいな女優と記憶していたが、
アルヌールは若い頃のエリザベス・テイラーに似た美人で、
それが初老のジャンと恋に落ちるのだから、男女の仲はわからない・・
お互いに相手を求めて相手を気遣えば、それはひとつの愛のかたちで、フランス人は年齢差など気にしない.

ジャンは、高架鉄道脇のアパートに暮らしていて妻と娘と男の子が3人いる.
たまに家に帰ると妻とも娘とも口喧嘩ばかりしている.
ジャンは、妻と別れてお前と暮らすつもりだとクロに言う.
クロは店をやめてボルドーで仕事を探すが、母親のいる実家にもおいてもらえず、また戻ってくる.
クロの店に寄り道ばかりしているジャンは仕事をクビになり、クロは一人でパリに出て女郎宿の女中をする.
クロは妊娠していた.
友達も頼る人もいない、このヒロインはひとりきりで、いつも何処か遠くを見ているように、この世の居場所がない.
どんなことをしても生き抜くという女ではなかった.
男が浮気で愛人を作ったというのと少し違う、ジャンはクロを放っておけなかったのだが、ふたりの気持ちはどこかすれ違っている.
一緒に新生活を始めるつもりで病身のクロを隣に乗せ、ジャンのトラックが夜霧の中を走る.
この二人の道行きは、ひとり死の影におびえるクロが哀れだ.

映画はジャンがクロの死を回想するところで終わる.
ジャンは家族とよりを戻したらしい.
クロという名の女、ほんとうにこの世にいたのだろうか.
その声も表情もはっきり浮かんでくるのに、夢のようにはかない.


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