錆びたナイフ

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2017年9月25日
[本]

「よだかの星」 宮沢賢治

「よだかの星」

鷹の証言

昼間はぼんやりしていて、夜になると森を飛んで、あの大きな口で虫を食べる.
あいつの声を聴くと、おれはゾッとするのだ.
タカの一族ならもっと気高くあれ、そうでなければヨタカと名乗るな.
あれで、皆を笑わせるひょうきんものであったら許せたかもしれない.
あいつはただただマジメでオドオドしていてしかも一丁前に口答えをする.
首に「市蔵」と書いたふだを下げてみんなのところをまわれ、おまえがそうしなかったらつかみ殺すぞ、とやつに言うと.
「だってそれはあんまりむりじゃありませんか。そんなことをするくらいなら、わたしはもう死んだ方がましです。今すぐ殺してください」
と、悲しそうな目でおれを見た.
あいつの態度を見ていると、おれの腹の底に黒々としたものが渦巻いて、まるで毒水を飲んだようで、苦しくてしょうがない.

おれは大空の王者として、常に志を高く、数々の苦難に耐え、家族と森を守る努力を続けている.
おれは小鳥を捕らえ、それを子供たちに与え、自ら生きるためにそれを食らう.
小鳥は虫を食べ、虫は葉を食べる.
それは「生きるため」にやむをえずしているのではなく、それが「生きる」ということなのだ.
あいつはそれがイヤだと言うのだろう.
おれにイジメられたから天上に上ったのではなく、ただ生きるのがイヤになったのだ.
あいつがおれの言う通り「市蔵」という名札を下げたところで、おれの溜飲が下がるわけではない.
あいつが何かおれに悪さをしたというのでなく、とにかく目障りなのだ.
あいつのことは考えたくもないのに、日に何度もその小憎らしい物言いを思い出し、あのしたり顔が目に浮かぶのだ.
ああいやだいやだ、あいつがタカの仲間だと、このおれの兄弟だと、考えるだけでイヤだ.
そういう時、おれはあいつより醜い顔をしているだろう.

あいつがそしておれが生きている限り、おれはあいつを嫌い憎み無理難題をふっかけ、お前はこの世にいるべきでないと言い続けるだろう.
あいつが惨めったらしく地上で死んだら、どれほど心が晴れるか.
もしかしたらおれの目からポタポタ涙が落ちるか.
しかし今やあいつは、星空の上からおれを哀れんでいるにちがいない.
あいつは、おれを嫌うことも憎むこともできなかった.
死にもの狂いで反抗することもしなかった.
何故、あんなやつが星となって永遠の命を得、おれは死すべきものなのか.

自ら願ってこの世に生まれ出たものなどいない.
誰もが、気がついたらこの世にいたのだ.
それを、おまえはこの世にいてはならぬ、と、一体誰が言うのか.
ああ、一体誰が言うのか.

あいつは星なんぞになるべきではない.
この世に生きて、この世でくたばればいいのだ.
あいつは、おれの半身なのだ.

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