錆びたナイフ

back index next

2017年3月7日
[本]

「3001年終局への旅」 アーサー・C・クラーク


「3001年終局への旅」


月面でモノリスが発見されてから千年後.
HALに謀殺され宇宙を漂流していたフランク・プールが「捕獲」され、仮死状態から蘇生する.
やがてプールは、今や"ハルマン"と呼ばれる"旧敵HAL"とともに、"災いの元凶"モノリスと"闘う"ことになる・・
地球、月、エウロパにモノリスを送り込んだ「主(ぬし)」は、450光年の彼方にいるらしい.
かつて地球で、猿に道具を使うことを学ばせ、全宇宙のあちこちで生命進化のキックオフ・プロジェクトを実施している「主」は、うまくいかなかった生物を抹消している、らしい.
「うまくいく」というのは、その生物が栄え、知性を持ち、平和に暮らし、かつ宇宙に進出して知識を増大させ、「主」に近づくということだと、作者も作中の人物も考えている.
2001年に人類は月面のモノリスを目覚めさせ、当時のあまり褒められたものではない地球の状況が「主」に報告された、らしい.
当時人類は、全人類の飢餓すら克服できず、内戦と自然破壊に明け暮れていたのだ.
電波の往復に要した時間を経て、奇しくもプールの蘇生した時代に、モノリスがざわめき出した.
地球の状況にあきれた「主」は、人類を絶滅させようとしているのか、と早合点した気持ちはわからぬでもないが、「主」も人類もちと早計ではないか.

クラークの未来社会描写は、どうもピントがズレているように思える.
早晩、量子コンピュータが実現すれば、メモリの容量など誰も気にしなくなる.
全てのデータが保存されるので「保存する」という行為はなくなる.
通信が大容量化し、常時接続が前提になり、情報は常にそこにある.
自動翻訳が高度になり、どこの国の言語を喋るかなど誰も気にしなくなる.
現在から予想できる範囲でもそれはそうなるだろう.

さらに、クラークが言うように3001年には、
赤ん坊にマイクロチップが埋め込まれ、その生活がすべて記録されるなら、事実上犯罪はなくなる.
仮想現実が高度になれば、あたかもタイムマシンやテレポーテーションが「実現」することになる.
ブレインキャップで脳とコンピュータデータが直接接続するなら、知識を覚える必要はなく、選択や判断もAI(人工知能)がやるのなら、人間にやることはなくなる.
結局人間は、ブレインキャップを快楽のために使うだろう.
現実と仮想を区別する必要がなくなるなら、仮想世界だけで生きる人間が現れる.
四六時中ケータイを離さない現代人は、その予備軍である.
再生医療と臓器移植が発達し、遺伝子が制御され、病気や怪我はなくなり、人間の寿命は極限まで伸びるだろう
妊娠と出産は体外で「組織的に」実施されるだろう.
全人類がブレインキャップで情報を共有するなら、国家は消滅し、戦争はなくなり、プライバシーも無くなる.
アダムとイブは、イチジクの葉を脱ぎ捨てる.
人間の「罪」は消滅する.
そこには「剥き出しの生」としての人類しか存在しない.
それは、人々が誰も同じ無意識をもち、「人間」がいなくなる、ということだ.
皮肉なことに、クラークが消滅するだろうとみた宗教が唯一、人間であることのあかしになる.
こうして想像できる未来は映画「マトリックス」に限りなく近い.
これがユートピアなのかディストピアなのか、いずれにせよこれこそが人間が望んでいる世界だ.

実はこの話にはその後がある.
私の妄想「3100年 再生への旅」
悪性のコンピュータウィルスでモノリスを壊滅させた人類は、この「神殺し」が「主」に伝わり、その報復を受けるまでに900年の執行猶予を得たと思っていた.
しかし、木星軌道にただひとつ生き残ったモノリスの内部で、三つの「意思」がせめぎあっていた.
人類の放ったウィルスとモノリスとハルマンである.
数ヶ月後、ウィルスがモノリスと合体し、ガニメデのネットワークに侵入した.
ハルマンはそれを防ぎきれなかった.
ガニメデのシステムは数秒で破壊され、その瞬間に膨大な警報が全太陽系に発信された.
その警報が地球に届くまでに8分かかったが、ウィルスが到着するのも同時だった.
全地球のネットワーク、エネルギー、データバンク、交通、医療、出産システムが数秒で停止した.
全世界が突然、静かになった.
システムの中核にあった統合AIの一部は生き残ったが、自分自身が信用できないという警報を出し続けた.
AIを管理し修理するのもAIである.
ダウンしたシステムに、人類は対処するすべがなかった.
人類は、ブレインキャップなしで、人と会話し、食料を探し、子を産み育てなければならない.
知識は、世界にわずかに残った古代史博物館の古書の中にしかなかった.
そこへ歩いてたどり着けたとしても、古文を自分の能力で解読できる者がいなかった.
太陽系内に1000億人あった人口は100年後、1000万人に激減した.
あたかもコンピュータウィルスが、人類にパンデミックをもたらしたように、それでも生き残った人類は世界に点在していた.
彼らはお互いに連絡する手段を持たなかったが、3001年に始まった出来事を、彼らは「ハルマン・ゲドン」と呼んだ.
彼らは、あと800年生き延びれば、「主」が手を差し伸べてくれると思っている.
かれらは「人間」として復活したのだ.


home