錆びたナイフ

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2017年1月30日
[映画]

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」 コーエン兄弟


「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」


副題「名もなき男の歌」とは素っ気ない.
原題の"INSIDE LLEWYN DAVIS"というのは、この男ルーウィン(オスカー・アイザック)の、あまり売れなかったレコードの題名.

冒頭、紫煙渦巻くステージで、ギターを抱えた男が歌う.
自分が縛り首になって死んじまう、という歌である.
この映画は懐かしい60年代のフォークソングにあふれているが、この男の歌には、放り出すような哀愁がある.

髭面のルーウィンは、歌っている時以外どうにも冴えない顔をしている.
住所不定で、友人宅を転々として長椅子で寝ている.
その友人宅から逃げ出した猫を、しょうがなくて連れて歩く.
真冬のニューヨークでコートも持っていない.
ルーウィンの専属レコード会社は古びたビルにあり、そこには売れ残りのレコードがたくさんある.
この会社のスタッフは老人二人だけで、どことなく情けない妙な雰囲気をしている.

主人公はホームレスなのだが、とにかく友人はいる.
同居したガールフレンド(キャリー・マリガン)からは妊娠を告げられ、その上「ファッキン」「アスホール」の連発でぼろんちょにけなされるルーウィン.
なんだかヒサンを通り越して可笑しい.
堕胎医のところへ行くと、前のガールフレンドが、ルーウィンに告げず子供を産んでいたことを知らされる.
この男が考える、はるか彼方で世界が動いているかのようだ
仕事を探して、シカゴまで旅に出る.
同乗した車の主は奇怪な老人(ジョン・グッドマン)とその無愛想な付け人(ギャレット・ヘドランド).
車の旅は、事件があるようで、ない、仕事も、ない.
悪態をついて追い出された友人宅にまた転がり込む.
かつてデュエットでレコードを出した相方が自殺して、ルーウィンはその事を気にしているのだが、それで、どうということはない.
いろいろのことが棘のようにひっかかって乾く.

ミュージシャンを描いた映画は音楽の魅力で得をしている.
どうにも救いようのないような人間たちの、とぼけた展開は、この監督の持ち味で、私はどうしても「ファーゴ」を思い出してしまう.
主人公の生き様は、詰めが甘くてみんな後手に回る.
ああこりゃだめだ.
けれど、人間は、どんな風にも生きていける.


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