錆びたナイフ

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2016年2月21日
[映画]

「居酒屋兆治」 1983 降旗康男

「居酒屋兆治」


伝吉(高倉健)には、女房の茂子(加藤登紀子)と子供がいる.
夫婦は、函館の海の見える街はずれで「兆治」という居酒屋をやっている.
気のおけない青年団の仲間達が毎晩やってきて、店は一杯だ.
伝吉の幼馴染でかつて恋人だったさよ(大原麗子)は、地元の富家に嫁いで、店には来ない.
さよが、伝吉の影のように、物語が進む.
さよにも家庭があり子供もいたが、伝吉を忘れられず、家出をくりかえし、すすきののキャバレーで働いて、酒浸りになる.
ある雨の日、さよが開店前の「兆治」に来て、伝吉と少し言葉を交わす.
伝吉は家出したさよを気にかけているが、さよを求めているわけではない.
かなえられない思いを抱えて、雨の中に消えたさよが哀れだ.

キャバレーの客(平田満)がさよを好きになって結婚しようと言うが、さよの心はもうこの世にない.
さよは「兆治」に無言電話をかける.
この女の苦しみは観客の胸を打つが、その生き様は、中島みゆきの歌にくりかえし出てくる「悪女」である.
話の展開としてはこのヒロイン、死んでしまうのだろうなと思う.
平田満と大原麗子を幸せにする力は山田洋次にしかない、などと妙な妄想に駆られる

私は、浦山桐郎の「私が棄てた女」を思い出した.
「人が心に想うことは、誰にも止められない」と茂子は言うが、それはだれのことか.
話は、二人の女を愛した一人の男ではなく、一人の男を愛した二人の女でもなく、女そのもの、さよは茂子の半身なのだ.
安アパートでひとり死んださよを抱きしめるのは、伝吉ではなく、茂子であれと願う.


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