錆びたナイフ

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2015年10月1日
[映画]

「地獄門」 1953 衣笠貞之助

「地獄門」


"愛の暴力"

「魔性の肌か!貞節の瞳か!地獄門の下で、今宵誓った女の唇!男の耳へ囁くように‥‥私の夫を殺して!」
ポスターのスキャンダラスな宣伝文句は、物語で主人公の周囲の人間がはやしたてる、心無い言葉そのままである.

平安時代末期、平氏一門の下級武士である盛遠(もりとお)(長谷川一夫)は、戦乱の中で出会った袈裟(けさ)(京マチ子)の美しさに心を奪われる.
平清盛に、戦勝の褒美に何が欲しいと問われて、盛遠は袈裟を娶(めと)りたいと答える.
しかし袈裟には、御所の武士である夫の渡(わたる)(山形勲)がいた.
盛遠はあきらめきれない.
物静かな渡と袈裟は、お互いを深く愛していた.
だから盛遠の無体な要求は迷惑千万な話である.
しつこい盛遠は、自分の意に従わねば夫を殺すと、袈裟に迫る.
袈裟の心が折れる.

この男は、わたしなしでは生きていけないと思い込んでいる.
もし夫が殺されたら、わたしはこの世で生きていけない.
ただの横恋慕なら、良人に相談して、いくらでも解決策があったが、
この時、袈裟の心は、盛遠からも、渡からも、遥か彼方に飛んだ.
男の暴力に屈したのでも、夫の無事を願ったのでもない.
この女は、自分に恋焦がれて常軌を逸した男の狂気を、自分で引き受けたのだ.
この二人の男の愛もろともかっさらった.
『世界の掟てにそむいてきみは
 かれもこれもすてた』 (吉本隆明「反祈祷歌」)

渡の寝所に忍び込んだ盛遠は、それと知らず、夫の身代わりになった袈裟を殺してしまう.
目が覚めたように盛遠は、悔いて泣いて、渡に向かって俺を殺してくれと叫ぶ.
一方、自分に何も打ち明けずに死んだ妻に茫然とする渡.
残された二人の男はもはや抜け殻である.

パトリス・ルコントの「髪結いの亭主」を思い出す.
圧倒的な、愛の暴力.


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