錆びたナイフ

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2015年8月2日
[映画]

「川の底からこんにちは」 2009 石井裕也

「川の底からこんにちは」


OLの佐和子(満島ひかり)は、いつも謝ってばかりいるドジでアホな女かというと、そうでもない.
早口で喋りまくるが、自分で自分がよくわからないという顔をしている.
家ではのべつ缶ビールを飲んでいて、ベッドに寝転がって足先で電灯のスイッチを切ろうとして「痛ッ」、翌日はびっこをひいて歩いている.
こういうシチュエーションを、作者は笑ってほしいと思っているのだろうか、全然可笑しくない.
つきあっている男は職場の上司、健一(遠藤雅)でバツイチで子供がいる.
健一は自分中心の軽薄エコ男で、魅力があると思えない.
三人で動物園に行く.
佐和子が健一の子供と仲良くしようとするとか、子供がなつかない、というのではない.
彼らの会話は、シナリオに書かれる台詞とはまるで違って、最近流行の漫才のようだ.
思いと言葉が積み重なるように少しづつずれて、しかもツッコミ役しかいないので、納得できない妙な「間」だけが残る.
「え、なんでなんで」
監督の演出は大変だろうが、それが面白いかというと、少しも面白くない.

佐和子の実家は、母が亡くなったあと父がひとりで経営するしじみのパック詰め工場で、その父が倒れたので帰ってこいと、叔父から連絡がある.
家出して5年も帰らなかった実家に佐和子は帰りたがらないが、健一は勝手に会社を辞めて、しじみ工場で働きたいと言う.
誰もが、相手の気持ちを斟酌しない、自分勝手で、それでいて誰もが成り行きに流されてゆく.
佐和子は入院した父の代わりに工場で働き、健一と子供と一緒に実家で暮らし始める.
嘗て男と駆け落ちして出て行った娘、というのが佐和子で、工場のおばちゃんたちは佐和子によそよそしい.
一方で佐和子は、健一と結婚すると決めたわけではない.
こういう宙ぶらりんと不得要領で、話の先が見えない.

健一が子供を残して佐和子の女友達と東京へ逃げた晩、「あんな男と別れろ」という父に、
佐和子「あたしさぁ、あのひとと結婚するわ・・・あたし、もう決めたから、それはもう、しょうがないから」と言う.
ここから、ヒロインが俄然輝きだす.
だれも男で失敗してるんだと、佐和子は工場のおばちゃんたちの前で開き直る.
おばちゃんたちの態度が変わる.
佐和子が「ガンバる」というのは、必死で考えてまっとうな結論を得たというのでない、これっきゃないでしょという場所と自分に踏み止まったのだ.
話が映画のツボに収まるように、やっと納得がいく.
この世に、値する苦悩などない、とでも言うように、
川の底からこんにちは、というのは、しじみのことだ.


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