錆びたナイフ

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2015年7月6日
[映画]

「切られ与三郎」 1960 伊藤大輔

「切られ与三郎」


「生きていたとは お釈迦さまでも 知らぬ仏の お富さん」とは、60年も前に流行った春日八郎の歌で、当時小学生が、
「生きな黒兵衛 みこしのマークに あだなすがたの あらい紙」と意味もわからずに歌っていた.

元は歌舞伎の演目だが、伊藤大輔の脚本は、主人公に惚れた女たちを脚色している.
道楽で芝居の三味線弾きをしている与三郎(市川雷蔵)は、将軍家御用達のロウソクを作る大店の跡取りだが、自分が養子になった後に生まれた「弟」に義理を立てて、家を継ごうとしない.
江戸を飛びだした与三郎は、旅先の木更津で清内三味線の流しをしている.
そこで出逢ったのが「(情けを)かけちゃいけない 他人の花」お富(淡路恵子).
与三郎とお富の逢瀬は、広い座敷に行灯がひとつ.
舞台セットと宮川一夫のカメラは、息をのむほど見事.

ここから与三郎の転落がはじまる.
お富の旦那である網元につかまり、切られて簀巻きにされて東京湾に放り込まれた与三郎、旅芸人の一座に助けられ、そこでまた女役者(中村玉緒)と一悶着あって、土地の親分を殺し、その子分たちに追われ、さらに牢破りをしてお尋ね者になり、江戸へ戻って来る.
「押借り強請(ゆす)りも習おうより 慣れた時代の源氏店(げんじだな)」
無頼になった与三郎が、強請りに入った黒塀の妾宅には、死んだはずのお富がいた.
「しがねぇ恋の情けが仇(あだ)」と啖呵をきる雷蔵は絵のようだが、この男、女難の相というより女運が悪い.
再会したお富にも裏切られる.

ロウソク屋は結局、ぼんくらな「弟」とその母と結託した山城屋に牛耳られ、与三郎を慕っていた妹お金(富士真奈美)は、役人の妾にされようとする.
与三郎の義理立てがアダになったのである.
やくざとご用提灯の群れに追われながら、与三郎が救い出そうとしたこの妹、最後に「おあにいさまが好きです」なんぞ、妙ちきりんな話になる.
それは、ほとんどこの男の妄想ではないかと思う.
こういう破滅型の主人公を、どうして日本人は好きになれるのだろう.
何もかも思い通りに行かない.
後手後手にまわる.
全部放り出せばいいのに、捨てられず、しょうもないことにこだわる.
みみっちい強請りたかりの蝙蝠安(多々良純)でさえ、応分に生きているのに、
いや、人生は、にっちもさっちもいかない、どんづまりだからこそ、
修羅場を潜って無頼になった男が、流転の果てに一瞬夢見たことが、光り輝くのだ、とでもいうように.

「ついて来る気か お富さん 命短く 渡る浮世は 雨もつらいぜ お富さん エーサオー 地獄雨」
春日八郎の歌はここで終わっている.
男と女の気楽な歌ではないと知ったのは、小学生が大人になってからである.


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