錆びたナイフ

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2015年3月23日
[本]

「磁力と重力の発見 2 」 山本義隆

「磁力と重力の発見 2 」


人類の、磁力と重力への理解の変遷を、西欧科学史の中でたどっている.
西欧の歴史を紐解くには、膨大な多言語の古典の理解が必須で、この著者の考証力には感服する.
第2巻は前巻「古代中世」に続く「ルネサンス期」の話.

北を指す羅針盤も藁を引きつける琥珀(コハク)も、摩訶不思議な「遠隔力」として、古代から人類を惑わし、その理解は宇宙観と一体だった.
神が造ったこの世界は、天上と地上に分かれており、地上のものはすべて星辰(星座)に支配されている.
天上の力が精気として人間に宿るように、磁石や琥珀には物を引き寄せる力が宿り、羅針盤は北極星に支配されている.
「自然は象徴と隠喩の巨大な集積であり、自然界の事物はすべて、人間の眼には見えない暗号台帳に記載されているはずの隠された意味を有していた」
「天体間に働く万有引力をニュートンが導入したとき、当時の人たちはそれを受け入れるにせよ拒否するにせよ、それを占星術的な影響と同列に見ていたのである。」

印刷術の発明と、ラテン語ではない一般向けの書物の流布が、教会と大学で綿々と伝えられてきた「書物も人間も古ければ古いほど正しい」という当時の常識をひっくり返してゆく.
ルネサンスは、人間が神から与えられた叡智をもって、自然を理解し魔術として再現できると考える時代の始まりだった.
16世紀すでに羅針盤は、外洋の航海に必須のものだったが、羅針盤を作る職人や遠洋航海をする船乗りは、磁石が真北を向かない(磁北を向く)こと、水平に対して角度を持つ(伏角を持つ)ことを知っていた.
北極星ではない・・地球が巨大な磁石なのだ、と気づくのは次巻の話だが、
科学史の面白さは、犯人の側から描いた探偵小説を読むようなものである.
少なくとも我々は「磁石はニンニクを塗るとその力を失う」などとは考えない.
しかしそれが千年以上も信じられてきたのは、実際にそういうまことしやかな実例があったに違いない.
血液型で性格が決まると、今でも信じている人がいるように・・
イタリアのデッラ・ポルタが、実際に試してみる.
「ニンニクの汁を全体に塗りつけても磁石はなにごともなかったかのように、これまでどおり働いた」
これが、近代科学の萌芽である.
同時に「自然の象徴と隠喩」がひとつ消える.

「磁石はどうしてくっつくの?」
「磁石は鉄が好きなんだよ」
「どうして好きだとくっつくの?」
「くっつくことを好きだというの!」
第3巻に続く「重力」も、さらに根源的な謎である.


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