錆びたナイフ

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2015年3月7日
[映画]

「昭和残侠伝 死んで貰います」 1970 マキノ雅弘

「昭和残侠伝 死んで貰います」


大正から昭和初期にかけて、深川の老舗料亭の息子・秀次郎(高倉健)と辰巳芸者・幾太郎(藤純子)の出会いと別れ.
博打場に出入りする若い秀次郎が、芸者になる前の幾太郎に出会う.
七年後、叔父の前で引き合わされたふたり.
「なんだ、顔も思い出せねぇのに、ホレてたのか?」
「惚れて・・」
幾太郎、絶妙の表情.
堅気の板前になって玉子焼きを作る秀次郎と、好きな男と一緒で嬉しくてしょうがない幾太郎.
なにやらシナシナしている藤純子がいい.

そこへ秀次郎に恨みを抱くヤクザ観音熊(山本麟一)が現れる.
真っ当に暮らすことへの憧憬と嫌悪.
秀次郎
「おれは足をあらえねえよ
 アシ洗ったってツラ洗ったって
 シンのそこまでこびりついたアカは落ちねえよ」
幾太郎
「あたいはどうなんのよぅ」

料亭を継いだのは亡くなった先代の娘婿で、この男、相場に手を出して店の権利書を持ち出し、叔父と敵対する親分に利用される.
やがて恩人だった叔父が殺され、秀次郎ついに堪忍袋の尾が切れる.
先代に拾われこの料亭を支えてきた男・重吉(池部良)も、元はヤクザだった.
ふたりが殴り込みに出かける、男と男の道行き.
幾太郎
「止めやしません
 だけど、死なないでください
 何年でも待っています
 今度はお願い、あたいだけの義理に情けに生きてほしい」
幾太郎と一緒でもどこか上の空だった秀次郎、殴り込みで人が変わったように眼光輝き全身が躍動する.
まるで白刃の下、他人も自分も血を流さなければ己を確認できないかのように、憤怒の唐獅子が吼える.
死んで貰うぜ!

娘婿も秀次郎も、ムザムザと破綻に向かって突き進むのだが、映画と観客は、秀次郎にシンパシーを抱いている.
この婿はその後目が覚めて、しっかり家業に身を入れるだろう.
地元で信望の厚かった叔父も、それに横槍を入れた敵役の親分も、結局双方殺されてしまう.
秀次郎と重吉が守ろうとしたものは何だったのか.
もし、彼らが殴り込みに行かなかったら、悪い親分が栄えてそれは、筋の通らぬ世界だというのだろうか.
ヒトの生と死の背後に、有無を言わさぬ暴力への憧憬と嫌悪が潜んでいる.
暴力とは、ヒトが身体をもっているということだ.
気がついたら生まれ落ちていた、その初源的な暴力に、男はどうしても到達することができない.
だからヤクザ映画に「女」はいない「母」がいるだけだ.

ベテランマキノ雅弘の作劇は、完璧で空虚で濃密な世界を作り出している.
量産された東映ヤクザ映画の中に数本、優れた作品が忽然と生まれる.
これもその一つだ.


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