錆びたナイフ

back index next

2015年2月16日
[本]

「物質のすべては光」 フランク・ウィルチェック

「物質のすべては光」


ウィルチェックはノーベル賞学者で、これは最新の素粒子論である.
この手の本は、著者が意図するほど分かりやすくはないが、自然の謎解きに夢中になる物理学者たちの悪戦苦闘ぶりが、なにより面白い.
世界は何でできているかという問いに、それは量子場の局所化された擾乱である、と答える.
最新の量子力学は、凡百のSF小説よりぶっとんでいる.

我々は、モノは分子でできており、分子は原子でできていると教わったが、
世界は天上と地上に分かれており、地上のものは火と水と空気と土でできているという考えも捨てがたい.
ウィルチェックは、まったく別の話をしている.
もちろん著者は、はるか天上も地上も同じ原理が働くと考えている.
著者が、ただの一度も天上へ行ったことがないにもかかわらず、である.
世界は、例えばクォークやグルーオンでできており、その実在は数学的演繹であり、実験はその足跡あるいは影を追っている.
この書の冒頭にある素粒子の花火のような「衝突写真」から「物質と時空とエネルギーの本質」がわかるのだという.
ウィルチェックは、極小の量子力学と宇宙レベルの相対性理論を、同時に論じようとしている.
「その4つの力は、プランク長レベルの(とても小さい)距離において、プランク単位で測定されたなら、統一される」と言う.
著者が説明しているのは、いわゆるQCD(量子色力学)とワインバーグ・サラムの「標準模型」が中心で、最近流行の「超弦理論」とは一線を画している.
だから、10次元の世界とか、膜宇宙とかの話は出てこないが、超伝導体の内部では光子は重くなるとか、やはり驚くべきことを言う.
自然の謎に挑む理論物理学者の手法は、広汎な数学の知識を駆使してぱたぱたと論理を組み立てる、ような代物ではなく、あっちを切り捨て、こっちを詰め込み、発想の転換につぐ大転換.
膨大な実験や観測結果と角突き合わせ、やがて彼らの言う「より確からしい理論」となる.
それがたとえ全宇宙の4%程度の物質の話に過ぎなくても、彼らの自信は確固たるものである.

「普通の物質は、uクォーク、dクォーク、電子、グルーオン、光子からできている」と言っているのだから、表題「物質のすべては光」というのはおかしい.
私は最初、電磁気論の話かと思った.
原題「the Lightness of Being 」は「存在の軽さ」.
本書のテーマの一つでもある「陽子はなぜ軽いのか」を巡って、
目に見えないほど小さい粒子が軽いとか重いという学者たちの言辞と、それを実証するための装置と組織の巨大さを、さらに著者自身の人生を「軽さ」というなら、その軽妙さはなかなかのものだ.

しかしそもそも自然は「謎」を準備したのだろうか?
科学者たちの「理論」というのは、郵便ポストはなぜ赤い?と問われて、それは赤いペンキを塗ったからだ、という答えに似ている.


home