錆びたナイフ

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2014年12月30日
[映画]

「ツリー・オブ・ライフ」 2011 テレンス・マリック

「ツリー・オブ・ライフ」


一昔前のアメリカの中流家庭.
父と母と三人の子供たち.
「神を選ぶ人は・・ 軽んじられ 忘れられ 疎まれることを受け入れる」
という母(ジェシカ・チャステイン)
「世俗に生きる人は利己的 他人を自分に従わせ 威圧的に振る舞う」
というのはその夫のことか.
一家を支えるこの男(ブラッド・ピット)は、他人に見下されないよう、常に強く生きろと子供たちに厳しい.
時に暴力を振るう父に、はらはらして子供たちを見守る母親も、夫には歯向かわない.
長男はこの父の下で、不安や苛立ちに満ちて生きる.
繰り返し現れる子供たちの描写は繊細で、死体を見に行く少年たちの物語「スタンバイミー」を思い出す.

現代、中年になった長男(ショーン・ペン)が、19歳で死んだという次男を回想する所から話が展開する.
説明はほとんどないので、次男の死の理由はわからない.
かつて一家の「神」にように、圧倒的な力で家族を支配した父も、ごく普通の父親に過ぎなかったのか.
長男の心象風景の中で、子供の頃の自分が現れ、導かれるように、父と母と兄弟たちが集う.
「ツリー・オブ・ライフ」とは、連綿と続く命の連鎖のことだが、この映画、それを描きたかったのではない.
揺れてよく動くカメラ、緻密でダイナミックな映像.
現代の都市と、荒野を彷徨う長男のイメージから「2001年宇宙の旅」を凌駕するような圧倒的なビジョンが吹き出す.
このイメージの奔流がこの映画の全てだ.

「私が大地を据(す)えた時 お前は どこにいたのか」
映画の冒頭は旧約聖書の神の言葉から始まる.
「主よ なぜです? あなたは どこに?」
日々の生活の中で、そう問い続けるのはニンゲンである.
この世には、モーセに伝えたのとは違う暗黙の約束があった、と、ニンゲンは考えている.
光と闇の渦から星雲が生まれ星が生まれ恐竜が現れ、荒野と海と隕石衝突(ディープインパクト)まで、巨大な神のみわざがあらわになっても、それでも、ニンゲンはつぶやく.
「神の恩寵に生きる者に 不幸は訪れない あなたに忠実に生きます 何があろうとも」
かれらは決して敬虔なのではなく、今や神に要求しているのだ.
神は神たれ!と.
次男を失った家族の悲しみは、恐竜の絶滅にも、星々の生成と死滅にも等しい.
貴方がこの世とわたしたちを作り、その生と死を支配しているのだから、この歓喜も絶望も徒労も全て貴方のものだ.
神は、ニンゲンを作るより山や海を作る方が大変だったと言って、とうに忘れたふりをしているが、
あの暗黙の約束は、十戒の石板の「裏」にこう書かれていた.
「この世は生きるに値する」と.


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