錆びたナイフ

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2014年10月8日
[映画]

「八日目の蝉」 2011 成島出

「八日目の蝉」


希和子(永作博美)は、不倫相手の男の家に忍び込んで、赤ん坊を見るだけのつもりが、そのまま連れ出してしまう.
自分に生まれるはずだった子供の名前をつけて、逃亡しながら育てる.
子供は希和子を母と思いなついた.
4年後、希和子は逮捕され、子供は父母の元に帰される.
誘拐犯に育てられた子供は、実の父母になつかない.
叫ぶ母、何も言えない父.
成人した子供・恵理菜(井上真央)は、働きながら一人暮らしをしている.
恵理菜の部屋に来る男には妻子がある.
恵理菜は妊娠している.
希和子と同じ道をたどっている.
友達のいない恵理菜の前に、千草(小池栄子)が現れる.
映画は、過去をたどる恵理菜と20年前の希和子の逃避行が錯綜する.

自分の子供を殺した犯人の娘を引きとって育てるという、三浦綾子の「氷点」を思い出す.
「氷点」の母はその娘を心の底で憎んだが、希和子は、自分の愛人と妻の子供を、愛した.
赤ん坊を抱き上げた瞬間にそれが分かった.
この世に生きる意味はそれしかなかった.
逃亡の果ては目に見えていた.
4歳の子供が、突然母親から引き離され、その母は誘拐犯だったと言われ、本当の母だという女が現れる.
子供から見れば理不尽な話だ.
これは、かつてたくさんあった、母恋物語だろうか.
この映画、子供は継母に憎まれイジメられ、何処かにいる本当の母は優しい、という話をひっくり返している.

「母子」で逃げるのはもうこれきりかと、小豆島の写真館で、希和子は子供と「家族写真」を撮る.
ぶっきらぼうな老人のカメラマン(田中泯)がいい.
17年後、記憶をたどって恵理菜が写真館を訪ねると、数年前に希和子が来て写真を持っていったという.
刑期を終えた希和子は、二度と恵理菜の前に現れることなく、この島に来たのだ.
希和子を「あの女」と呼んで憎むことで、父母とそして自分と向き合ってきた恵理菜の中で、何かが弾ける.
自分は、愛されていたのだ.

エンディングが圧巻なので、かすんでしまうのだが、
希和子が赤ん坊を抱えて駆け込んだ怪しげな団体があった.
母子だけが集団で暮らしていて、教祖(余貴美子)が、執着を捨てよと唱えるエンジェルホーム.
その団体で恵理菜と一緒だったという千草は、男性嫌悪症で、恵理菜の子供を二人で育てようと言う.
無垢で天使のような子供も、いつか大人になる.
私は、刑務所から出た希和子と恵理菜の家族と4人一緒に暮らせばいいのにと思う.
それは絵空事だ、と思わせるものは何だろう.
この映画の男たちは、周回遅れのランナーのように、そこに居ながら全く女が理解できず、女たちは、そこにいる男を埒外において「母性」にすがっている.
原因は男で、その後は男抜きの話になる.
「八日目の蝉」とは、(作者の意図に反して)、精子を提供し終ったオス、気がつけば周囲には誰もいない、この男たちのことか.


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