錆びたナイフ

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2014年6月28日
[映画]

「嫌われ松子の一生」 2006 中島哲也

「嫌われ松子の一生」


冒頭からギンギラポップキッチュ映像が炸裂、氾濫する昭和ミュージック!
うぁあ大丈夫かこの監督.
ふと、アリゾナ砂漠のように乾いた匂いがするのは、これで人生終わりだと何度絶望してもめげないヒロイン松子(中谷美紀)のせいか.
この話は、原作・宮尾登美子とウソをついて、例えば山下耕作が監督したら、りっぱな東映映画になったろう.

青年・笙(しょう)(瑛太)が、父(香川照之)に言われて、亡くなった叔母・松子の部屋を片付けに行く.
この青年の部屋もキタナイが、53歳で死んだ松子の部屋は凄まじい.
自分もゴミになりたいと思っていたのか?
笙は、子供の頃一度会っただけの叔母の、ヒサンで壮絶な生涯をたどる.
この青年は、どこか山田洋次「東京家族」の妻夫木聡を思い出させる.
家族に嫌われ縁を切られた人間でも、ありのままに見ようとしている.

少女時代から始まって、中学校の教師になり、小説家の愛人になり、ソープの女王になり、ヒモ男を殺して床屋の愛人になり、刑務所に入り、ヤクザの情婦になり、晩年のヒロインは、アパートで一人暮らしの、片付けられない過食症の女で、この顛末は、なんと言うか、わははと笑って観るしかない.
そして、松子はオレが殺したと叫ぶ、ヤクザ・龍 (伊勢谷友介)の気持ちが突然分かる.
松子を嫌ったのは、父(嫌われていると思っていた)、中学校の校長、実の弟、(教え子だった頃は好きだったという)顔中キズだらけの龍、ゴミ部屋の周囲の住人.
石もて故郷を追われしもの、笙の父が言う「つまらん人生たい」

父(柄本明)へのファザーコンプレクスも、殺人も、
家族に愛されたかったからとか、やむにやまれずとか、社会が悪いとか、ではない.
教師をクビになる事件のぶっ飛んだ展開は、この女、この世に足掛かりがないのだ.
そうした時だけ父が笑ってくれたので、松子は子供の頃から、窮地に立つとタコみたいな顔をした.
大人になって苦しい時はたくさんあったが、タコ顔で懸命に生きた.
顔が見えないほどボサボサの髪で、足を引きずって歩く太ったオバサンが、晩年の松子だ.
「生れてすみません」とアパートの壁の落書きは、
昔十字架で殺された男が、天にいる彼の父に向かって、私を見捨てるのか、と問うたのに似ている.
彼らは、この世に遣わされて生きたのだ.
ヤクザの情夫に殴られながらも、一人じゃないからいい、と言う時、このヒロインは、男も女もいないはるか彼方にいる.
生きることの歯車が欠けているところだけ、誰かに背を押されている.
だから押しているのは、地上の者ではない.

この監督は「下妻物語」でもヒロインの相棒(土屋アンナ)に魅力があったが、この作品ではアダルトビデオの女社長めぐみ(黒沢あすか)がいい.
刑務所で知り合って仲よくなった二人.
松子は、めぐみが止めるのも聞かず、ヤクザと同棲してズルズル転落して、ゴミと暮らして精神病の薬を飲んで、めぐみに再会したところで、河原で一人撲殺される.
この女はひとりで、誰も手が届かない処へ行ってしまった.
そこを、天国と呼ぶな!
このカントクは、全部分かっていて、照れ隠しのように爆進して、走り抜けた.
私は、成瀬巳喜男「浮雲」のエンディングを思い出した.

あ、すごい映画を見てしまった.


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