錆びたナイフ

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2014年2月14日
[映画のセリフ]

「わかってたら助けてやったらいいじゃねぇか」

黒澤明「七人の侍」 その1

「七人の侍」


野武士から村を守るため、侍を雇うつもりで町へやってきた利吉(土屋嘉男)ら百姓たち.
侍に声をかけるが、誰も相手にしてくれない.
やっと勘兵衛(志村喬)と勝四郎(木村功)が話を聞いてくれる.
しかし、結局断られる.
利吉、声を落として泣く.
「死んじめぇ、死んじめぇ、早いとこ首くくっちめぇ」話を聞いていた同宿の人足男(多々良純)が悪態をつく.
勝四郎が怒る.
「貴様にはこの百姓の苦衷がわからんのか!」
「わかってねぇのはおまえさんたちよ」
「なに!」
「わかってたら助けてやったらいいじゃねぇか」
返事に詰まる勝四郎、刀を取って喧嘩になる.
止めに入る勘兵衛.
男は百姓たちが用意した米の飯椀を勘兵衛に突きつけて言う.
「自分たちはヒエを食って、お前さんたちには白いメシ食わしてんだ、百姓にしちゃ精一杯なんだ」
これ以上何を望むのだ、と訴える.
勘兵衛、「もういい、わめくな」と、その飯椀を受取り、百姓たちに、
「この飯、おろそかには食わんぞ」

何度見てもすごいと思う
登場人物の思いが、幾重にも折り畳まれている.
この人足男は、たまたま百姓たちと同宿していて、夜は仲間と博打をしている.
イジイジした百姓がキライでしょうがない、という顔をしていた.
この男が侍に食ってかかったとき、自分には一文の得にもならないばかりか、それは命がけの行為だった.
その気持ちが勘兵衛を動かした.
いわばこの人足が、百姓たちにとって最初の「サムライ」だったのだ.

一方、なけなしの米をさしだす百姓たちに対して、侍がさしだすものは何だったのか.
それは「武力」ではなく、命なのだ.
命がけの戦いがどんなものか、この時知っていたのは勘兵衛だけである.
人足男も、若い勝四郎も、百姓たちでさえそれを知らなかった.

勘兵衛の侍探しが始まる.
彼の人柄にほれて、少しずつ人数が集まる.
そして、嘗て戦場で行方知れずになった七郎次(加東大介)に出会う.
旧交を温める間もなく勘兵衛、
「実はな、金にも出世にもならぬ難しい戦があるのだが、ついてくるか」
七郎次、二つ返事で「はい」と言う.
「今度こそ死ぬかもしれんぞ」と勘兵衛が言う.
この時の加東大介の顔がいい.
覚悟しています、という顔だ.
このシーンは何度見てもゾクゾクする.

「七人の侍」のシナリオのすごさは、徹底的に考え抜かれていることだ.
百姓と侍とが、はいそうですかと、簡単に協力できるはずはない.
何度も押して引いて、人の気持ちが納得するまで、ゆすぶっているのだ.
人間を動かす圧倒的なチカラを、映画は引き出そうとする.
「わかってたら助けてやったらいいじゃねぇか」
というのは、単純で乱暴な理屈だ.
分かっていることと、助けてやることは、千里も離れている.
しかし、そう言った人間も、うなずいて引き受けた人間も、その瞬間、観客ごと世界を動かしたのである.


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