2014年2月7日
[詩]

「雨ニモマケズ
風ニモマケズ」
誰でも知っている.
賢治の手帳に残されていた言葉.
子供が書いたような大きな字.
「雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ」
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル」
肺病を患っていた賢治にとって、健康であることは切実な願いだった.
「一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ」
ああ、こんな風に生きられたら、という思いにあふれている.
「野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ」
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ」
この詩に、意味の分からない言葉はどこにもない.
しかし、井上陽水は「ワカンナイ」と歌った.
『雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ちつづけて
一日 すこしのパンとミルクだけで
カヤブキ屋根まで届く
電波を受けながら暮らせるかい?』
『君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイ』
こういう生き方が絵空事ではないとしたら、
じつは賢治の詩は、ワカラナイことに満ちている.
「南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ」
経験を積んだ老人なら、喧嘩や訴訟に割って入り、
つまらないからやめろ、と言えるかもしれない.
しかし、死にそうな人に、
怖がらなくてもいい、とは、誰が言えるだろう.
賢治は、気の遠くなるような人物像を思い描いている.
それが言えるのは、
愚鈍で無垢なもの、落語に出てくる与太郎のような人間、しかいない.
「ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ」
干ばつや冷害を防ぐには、灌漑工事をし、土壌を改良し、それに作物の品種を改良をすることだ.
賢治はそのための農業を学んだ.
「ぼくははっきりまなこをひらき、その稲を見てはっきりと云ひ」と、
賢治が望み、そうなりたいと努力したのは、村を回り農民を助けるいわば科学者だ.
天災の前で、涙を流したり、オロオロする者ではない.
ではこの詩の言葉はいったいどこから来るのか.
「ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ」
この詩を読むたびに、私は言いようのないすごさを感じる.
つくづくこれは、できない、と思う.
木偶の坊と呼ばれていい、というのは、
ヒトの存在の評価を天に放り投げるような思いきりがいる.
人間社会の中で、自分の生にわずかでも意義と意味があると思わずに、人は生きていけるのか.
ヒトはヒトをだれと比べるのか.
「ほんとうにみんなのさいわいのためならば、ぼくのからだなんか百ぺんやいてもかまわない」という思いを、賢治は詩や童話の中に描いたが、
誰に読まれるとも思わず、自分のために書きつけた手帳の中で、彼はそのほんの一歩先へ出た.
人々のためという有効性の先の、無為で無効な行為.
弥勒菩薩は修行を積み、遥か後に如来となってこの世に戻り、人々を救うという.
その救世主の弥勒如来は、誰が見ても神々しく光り輝く姿、ではない.
ボロをまとい、へらへらと笑いながら村を彷徨い歩く、与太郎のように・・
その男が、臨終の枕元で、怖がらなくてもいい、と言うのだ.
枯れた作物や飢えて死んだ動物を見て涙を流すのだ.
彼がすることは、それだけだ.
誰もが、ああ、あいつか、しょうがないヤツだ、という.
死に行くものだけが、あ、と気がつく.
この詩は、がんばろうというのでもない、人の役に立ちたいというのでもない.
人にために役に立つことを研鑽し積上げたその先から、
全ての「知」を捨てて帰って来ること、有効性の極限で、振り返り、
何もない所でこちらを向き、立たずむことを言っている.
その場所へたどりつきたいと、賢治は思ったのだ.