錆びたナイフ

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2014年2月1日
[映画]

「すべて彼女のために」 2008 フレッド・カヴァイエ

「すべて彼女のために」


フランス映画
無実の罪で服役する妻(ダイアン・クルーガー)を脱獄させる男(ヴァンサン・ランドン)の話.
男は学校の教師で、子供が一人いる.
悲観して監獄で自殺を図ろうとする妻に、男は、脱獄させるしかない、と追い詰められていく.
冤罪を晴らすための行動や、真犯人を見つけるという話の展開は、ない.

脱獄経験談を出版した男(オリヴィエ・マルシャル)に、話を聞きに行くというのが面白い.
犯罪を犯すことを怖れない、とてつもない力が必要だと言われる.
親も兄弟も捨てる決心がいる.
偽パスポートを手に入れるため闇の世界に接触し、ひどい目にあう.
男の顔つきが変わる.
脱獄の前に、逃亡に必要な資金が足りず、麻薬の売人から金を奪う.
チンピラの若者が巻き添えで死にかける.
その男を車の後部座席に乗せて、映画は、そのうめき声から始まっている.
もう、後戻りができない.

監獄とは、国家的な暴力そのものである.
脱獄はそれを超える暴力だ.
脱獄と逃亡シーンの張りつめた緊張感.
男の顔は、もはや国語教師ではない.

警察の捜査のあり方や裁判制度に問題がある、などとは言わない.
国家が国民の生命と財産を守るとは、いったい何のことだ.
フランスの労働者は、ケイサツが大キライである.
ヤツらのやり方に納得できなければ、戦うしかない.
国など、さっさと棄てる.
かくて社会は冤罪を修復できず、真犯人は捕まらず、犯罪は新たな犯罪を呼ぶ.
忍従することなく、声をあげ、暴力すら手中にしたものだけが勝ち残る.
国家から見ればこれはテロに等しい.
しかしこの映画の観客は、この男の失意と怒りと絶望を感じる.
家族を守るための全てのことを成し遂げよ、と願う.
彼女のために(=原題POUR ELLE)突っ走ったこの男こそ、何にもまして「健全」だと思わせる.
エンディング、男の部屋の壁一面に脱獄計画のメモと資料が貼られている.
逃亡の後、警察がゴミ袋の中から復元したものだ.
刑事はその周到さに驚嘆するが、これは、男の絶望と、それを超えて生きるための戦いの痕跡なのだ.
『勇気はいつも辛くて うめきに似ていたから』


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