錆びたナイフ

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2014年1月29日
[映画]

「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」 2010 東陽一

「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」


アルコール依存症の男(浅野忠信)と、離婚した妻(永作博美)と二人の子供.
下の女の子は男を「おとしゃん」と呼ぶ.
子供は父になついている.
男は母親(香山美子)の家に住んでいて、原稿を書いている.
妻は漫画家で、男の実家から5分位のところに住んで仕事をしている.
彼女は、別れた夫を今でも気にしている.
付かず離れずひょろんとした感じの妻がいい.

男は酔うと、人が変わったように、妻に暴力を振るった.
不安そうな子供たち.
男は幻覚を見るようになる.
吐血して救急車で運ばれ、依存症の治療を始めるが、また酒を飲んでとうとう入院する.
アル中は、酔いたくて飲むのではなく、酒が切れると体の震えや幻覚や恐怖がやって来るので飲む.
アルコール依存症の施設は精神病棟とつながっている.
サバサバした精神科医(高田聖子)と美人で可愛い看護婦(柊瑠美)がいる.
一寸毛色の変わった患者たち.
(どうしても吾妻ひでおのマンガ「失踪日記」の「アル中病棟」を思い出す.)
好きなカレーが自分だけ与えられないので、男は不満を言う.
男は少しずつ回復し、カレーを食べられるようになった時の嬉しそうな顔.
この、なんでもない喜びがこの映画の核心だ.

例えば立原道造のような、恢復期の文学のように、
サナトリウムの自然と静かな生活の中で、ゆっくり再生する主人公の命は、かつてより希望にあふれている.
それは背後の虚無と死を越えてきたからだ.
しかし、医師から、男の命にもう先がないことを告げられた時、
妻は、かなしいとうれしいは区別がつかない、と言う.
身体中にあふれるその気持ちは、名付けようがないのだ.

男は家族の元に帰った.
施設を退院する時に、他の患者や医師たちの前で自分の体験を話すセレモニーがある.
子供の頃や、戦場カメラマンの頃や、妻を苦しめた頃の話.
訥々と話をする浅野忠信がいい.
この喋りがこの男の人生の集大成になる.

海岸の波打ち際で夫と子供たちが遊んでいる.
妻がそれを見ている.
すると砂丘に男が一人立っているのに気づく.
夫だ.
夫は妻に手を振る.
そして消える.
澄んでいて、静かで、悲しい幻影だ.
海岸で遊ぶ家族4人のシーンで映画は終る.
こういう映画が作れるというのは、すごいことだ.
「サード」から36年、東陽一 健在!


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