錆びたナイフ

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2014年1月26日
[本]

「バートルビーと仲間たち」 エンリーケ・ビラ=マタス

「バートルビーと仲間たち」


「バートルビー症候群・・この否定的な衝動、あるいは虚無に引き寄せられる傾向は現代文学の慢性的な病弊であり、この病気のせいで何人かの文学的創造者たちはどうやらものを書けなくなっているらしい。」
とスペイン人の著者マタスは言う.
メルヴィルの小説に登場するバートルビーを、否定(ノー)の元祖として、多くの書けない/書かない作家達に関する断章が並んでいる.
頼まれても仕事をしようとしないバートルビーは、単にモノグサなだけだ思うのだが、著者は作家の世界に「失書症」という病があると考えている.
書かない作家は山ほど理由と言いわけを抱えていて、ガス欠で動かない自動車とは違う.

本書に登場する作家の名前の多いこと.
世界にはこんなに「作家」がいたのか?
カフカやセルバンテスはともかく、何しろ知らない名前ばかりだ.
「作家というのは虚栄心が強くて性格が卑しいうえに、策略好きで自己中心型の実に扱いにくい人種だということはよく分かっている。これがスペインの作家だと、そこに羨望家と小心者の顔が付け加わる。」
著者が否定の作家と呼んでいるのは、単に書けない/書かない作家ではなく、生きることが困難だと感じている人間か、あるいは単なるヘソ曲がりである.
だから中には一冊も本を書かなかった作家もいる.
「全然なにもしないのが世界中で・・もっともむずかしくてもっとも知的なことなのだ」オスカー・ワイルド.
「語り得ないものは、沈黙せざるを得ない」ヴィトゲンシュタイン.
まるで読者をはぐらかすように、次々と作家たちのそして彼らに言及する別の作家たちの逸話が並ぶ.
一方で「わたしは女性に縁がなかった。」という冒頭の文章から始まり、著者の学生時代の交友話まで登場し、それは文学に傾倒してゆく青春ドラマにさえなっている.
著者の私生活と作家たちは入り混じり、虚実混沌としながら現代文学の海を漂流する.
「文学を放棄するやり方は作家の数だけあるし、そこに一貫性など見られない。」と本音を吐きながら、酒飲みが酒屋の前を行ったり来たりするように、書くこと書かないこと書けないことのあわいを、マタス自身が漂っている.
間違いなく、「活字」好きの人間の匂いがふんぷんとしている.
文章には、作家たちの虚栄心と無為の世界が、ピカピカと輝いている.
バートルビーは溜息をつくだろうが、
誰でも作家にだけはなれそうな気がしてくる.
それも、世界レベルの作家に.


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