錆びたナイフ

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2013年12月27日
[映画]

「歩いても 歩いても」 2007 是枝裕和

「歩いても 歩いても」


母(樹木希林)と娘(YOU)が台所で料理を作っているシーンから始まる.
あけすけない母と娘のやりとり.
丹念に作る料理の映像.
のそっと散歩に出る父(原田芳雄)、少し歩くと海が見える.
長男の命日に、娘の家族と次男の家族が実家に帰って来た.
その二日間を描いている.

次男(阿部寛)の家族は再婚の妻(夏川結衣)とその連れ子.
子供は次男のことをパパと呼ばない.
次男は父親と確執があるようで、実家へ行くのは気が重い.
自分が失業中なのを隠している.

開業医をやめて楽隠居している父は小言ばかりで、彼がいると家族はどこかギクシャクする.
よく喋る世話焼きの母親がそれを押さえている.
娘も父親には遠慮しない.

長男は近くの海で子供を助けようとして死んだ.
助かった子供は青年(田口智也)になって、毎年命日にやって来る.
彼は肥っていて汗かきで、就職がうまくいかずアルバイトをしていると言う.
母親は来年もきっと来てくださいね、と言って帰す.
父親はあんなしょーもないヤツのために長男が死ぬことはなかったという.
いつもそうして長男と比較されたのだろう、次男は青年をかばう.

その晩、次男が母親に、青年はもう呼ばなくていいんじゃないかと言うと、
十年やそこらで忘れてもらっちゃ困る、と母が言う.
この時カメラは後ろから撮っていて、母の表情は見えない.
強烈な怨みというのではない、息子を突然失った無念を何処へも持っていけず、青年にぶつけているのだ.
普通のことよ、と母は言う.
そんなことは知らぬげに青年は毎年やって来る.
長男が死んだのは青年の所為ではないし、青年が望んだことでもない.

表題の「歩いても 歩いても」は、いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」の歌詞で、母親がそのレコードを皆に聴かせる.
風呂に入った父親が、あのレコード何処で買ったと聞くと、風呂の戸の向こうで母親が、昔貴方の愛人のアパートの前まで行ったらこの曲が聞こえてきた、その時買ったと答える.
父親はアチャーという顔をするが、母親の顔は画面で見えない.
この話は、初めてしたのだ.
彼女はこの歌を聞く度に、その時の怨みと屈辱を思い出したはずだ.

悪気が全くない訳ではない、悪意とは呼べないが善意でもない.
棘のように、繰り返し日常の中で心に引っ掛かる.
『きみの眼はちひさないばらにひつかかつてかはく』
大したことじゃない.
さっさと乗り越えられるような気もする.
それを積み重ねる.
登場人物が、あれ?、あ〜あ、どうして?、という微妙な顔をすると、何故かじわっとしたユーモアを感じてしまう.
映画は何気無く作っているようだが、シナリオも映像も舌を巻くほど上手い.
好々婆で、裏も表もあるようで無いようで、ペロリと言いたいことを言う樹木希林がすごい.
父と次男との確執は、大げんかをして仲直りとか、事件が起きて互いの気持ちが一緒になる、ことはない.
そのまんま、二日間は終り、数年後に父が亡くなりそして母も亡くなったとナレーションが入り、次男家族が墓参りするところが最後のシーン.
次男は一人増えた子供の手を引きながら、飛んでいる蝶々を見て、かつて母親が言った話と同じことを言っている.
折り合えない、心の底まで分かりあったわけではない、生活は繰り返し、息子は父親になり、娘は母になり、そして老いる.
とりかえしのつかない人生.
英語の題名は「STILL WALKING」
世界のどこへ出しても通じる映画だ.


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