錆びたナイフ

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2013年10月1日
[映画]

「薄桜記」 1959 森一生

「薄桜記」


傷を負った雷蔵が戸板で運ばれ、雪の中を転げながら敵を斬る凄まじいシーンで、あ、この映画昔観た.
大映・森一生の傑作.

その生涯に二度の「果し合い」に参加した堀部安兵衛(勝新太郎)にからめて、
卑劣な奸計で夫婦を裂かれその恨みを晴らす丹下左膳・・いや丹下典膳(市川雷蔵)の話.
話の発端は高田馬場の決闘で安兵衛に敗れた道場一門が、同門の典膳を逆恨みするところから始まる.
江戸に屋敷を持つ良家の武士であった典膳、美しい妻(真城千都世)を娶って甘ったるい顔をしていた.
一門悪党五人組、そこまでやるかの恨みつらみで典膳の留守にその妻を凌辱する.
典膳の人生が暗転する.
妻を離縁する席でその兄に右腕を切り落とされ、浪人に身を落し、以降、顔つきが変わる.
苦渋に満ちて何処か投げやりな低い声と半眼、あの市川雷蔵登場である.

伊藤大輔の脚本はしっかりしているようにみえるが、
この、夫のことしか頭になく、前半嬉しくて後半は泣いてばかりいる妻の像は、何処から来るのか.
典膳は生涯妻を愛したが、もはや以前の生活には戻れぬ.
憎い許せぬ悪党五人組に復讐すると決めた時から、男の眼中に妻はなかった.
男の「立場」は、男そのものなのだ.
すると女の「立場」は、それをじっと見ている他にないのか.

チラリと見せる勝の能の舞と、雷蔵の浪々とした謡いが見もの.
この当時の武士は能を舞い、謡いを唄った.
謡曲は人の世の無常に行き着く.
典膳の心の中に、悪党たちの心の呻きが聴こえる.
たいした腕も度量もなくこの世を生きて、あいつもこいつも妬ましい.
ああ、だれもかれも遺恨で生きている.
身から出た錆とは、いったい誰のことか.

映画は安兵衛の「忠臣蔵」の討入り前からはじまり、松の廊下のサービスシーンまであって、討入り直前で終る.
安兵衛は江戸で浪人していたが、高田馬場の縁で堀部家の婿養子となり、
その数年後藩主赤穂家は断絶、その後仇討ち発想の急先鋒だったのがこの男である.
典膳は思いもかけぬ遺恨を受けてその生涯を狂わせ死んだが、
安兵衛は、要するに縁もゆかりも無い他人(浅野内匠頭)の遺恨を買って出て死んだ(切腹した)のである.
安兵衛と堀部家の名前は歴史に残った.
典膳は死闘の果てに雪の中で息絶えた.
こんな男たちに、
その妻は「アホ!」と、ビンタの2,3発食らわせてしかるべきと思う.
しかし、それでも目が覚めない惨めな男たちは、人を殺しに行くのである.
自らの死と引き換えに、嬉々として.


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