錆びたナイフ

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2013年9月11日
[映画]

「キャスト・アウェイ」 2000 ロバート・ゼメキス

「キャスト・アウェイ」


"不在の軌跡"

宅配便会社(Fedex)の辣腕ビジネスマンが、社用機の遭難で、ひとり南海の孤島に漂着する.
どうやって生き延びるか、
試練を乗りこえる現代人のアイデア勝負か、
自然に立ち向かう冒険ストーリーか、
文明批判の自然回帰か、
R・ゼメキスの映画はそのどれでもない.
漂着した宅配便を開けて、スケート靴やレース生地を利用し、ヤシの実を割ったり魚を取ったりするが、
饒舌だったこの男(トム・ハンクス)は、笑顔を失ってやり場のない顔をしている.
この島は自分のいる所ではなく、抜け出すべき場所であり、それが困難なら、ここには絶望しかない.
怪我をした掌の血で、宅配便のバレーボールに顔を描く.
禍々しい炎の仮面のような顔だ.
その原始の力を呼び起こすようにして、やっと「火」を手にいれたとき、狂喜する男は、もはやビジネスマンではない.
その顔をウィルソンと名付けて、男はボールに話しかける.
美しい海と空の間で、虫歯の痛みに苦しむ男の、ユーモアも悲惨も越えた生命の不条理.
観客は笑うに笑えない.

生き延びて4年、
やせてヒゲだらけの男は別人のようだ.
風の向きを読み筏を作り、海に出た男は、長い漂流の果てに救助される.
ヒゲをそってどこか頼りなげな男が飛行機に乗っている.
人間社会に生還した男は、真っ先に恋人(ヘレン・ハント)の姿を探す.
最後まで手放さなかった小さな写真、それをよすがに生きた、その彼女は、他の男と結婚していた.
長い年月不在であった男のとまどい.

島で唯一開封しなかった荷物と、開封した代替え品と共に、主人公はそれらを届ける旅に出る.
いかにもFedexが喜びそうな顛末はサラリと描いた.
地平線まで続く田舎道の十字路に立つ男、さあ何処へ行こう、と映画は終る.

この男は一度も神の名を口にしなかった.
「無人島では、病気か怪我でいずれ死ぬだろう、自分にはどうやって死ぬかの選択しかなかった.
 島で自殺に失敗した時、それなら死ぬまで「息をしていよう」と考えた.」
筏から落ちて海に流れ去ったウィルソンは、いわば心の底の生身の自分だった.
それを見つめ続けたのがこの男の4年間だった.
ゼメキスは、無人島のサバイバルを描いたのではなく、
不在の軌跡のように、居るべき処に「いなかった時間」を描いた.
たったひとりの生と死の隣り合わせだった時間は、誰にも理解できない、どこにも還元できないページのように流れた.
漂流しているとき、クジラがつきそっていたのは、夢だろうか.
「CAST AWAY」「投げ捨てる」のは、奇跡でも平凡でもあり得たこれまでの人生.
果てしない十字路は、この男の再生を暗示している.


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