錆びたナイフ

back index next

2013年6月15日
[映画]

「ベンジャミン・バトン」 2008 デヴィッド・フィンチャー

ベンジャミン・バトン

ベンジャミン・バトン


老人で生まれて赤ん坊で死ぬ、という「数奇な体質」の男ベンジャミン(ブラッド・ピット)の話.
姿は老人でも精神は子供.
姿は子供でも心は老人.
フランケンシュタインと同じく、肉体と魂は分離できるという発想がなければ、生まれない話だ.

老人ホームに捨てられた皺だらけの赤ん坊は、そこで育てられる.
何事も神の思し召しと考える黒人の養母(タラジ・P・ヘンソン)がいい.
「子供時代」は、足腰に障害を持った「小柄な老人」のようにみえる.
老人ホームで、6歳の少女(のちのヒロイン)は、この時「少年」であるベンジャミンに出会う.
アンチエイジングもものかは、次第に若返るベンジャミン.
まだ老人の顔で、初めて船乗りの仕事をするこの男はまさに「若人」だった.
異郷の地での恋愛はミステリアスで、どこか不器用なこの男「フォレスト・ガンプ」や「ガープの世界」を思い出させる.
若返りの中期、40代の壮年期は元気ハツラツ、ブラピそのもの、何の問題もない!
しかし、さらに積み重なる人生と、若人から少年に変化する身体は、社会的な強い軋轢を生むだろう.
ベンジャミンは、自分のことが(痴呆で)分からなくなった少年として老人ホームに戻ってくる.
身の廻りのことが自分でできなくなった老人は、赤ん坊のように扱われるが、
ベンジャミンは、まさに赤ん坊の姿で、最愛の女(ケイト・ブランシェット)に抱かれて目を閉じる.

身体が成長を始め、世界に追いつこうとする赤ん坊と、身体が成長をやめ、世界に置いて行かれる老人とは、似て非なるものだ.
ヒトの心が身体に依存することをらち外に置いて、子供のように、人の外見を全く気にしなければ、この映画はしごくまっとうな一人の男の誕生から死までを描いている.
7回も雷に打たれたという老人のように、この世は数奇なことに満ちている.
ヒトの成熟の果てが赤ん坊なら、赤ん坊は、世界が数奇であることを知っている.
老人が齢を重ねることは、さらに経験を積むことではなく、赤ん坊に戻ることだ.
死とは、生まれる前に戻ることだ、と.


home