錆びたナイフ

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2013年6月11日
[映画]

「四十七人の刺客」 1994 市川崑

四十七人の刺客


歌舞伎役者・尾上丑之助の大石主税が、どうにも浮いているのがおかしい.
市川崑のユーモアがユニークな忠臣蔵を作りだした.

忠臣蔵・松の廊下の刃傷沙汰は何が原因だったのか、当時の歌舞伎では大仰な尾ひれがついて、吉良上野介が悪者になった.
この映画では、それはミステリーのように伏せられたまま話が進む.

江戸での騒動が順を追って赤穂に伝わり、藩内に動揺が拡がる.
この藩が取り潰しになると判断した大石内蔵助(高倉健)は、まず塩の相場を押さえて「失職する」藩士たちの糧にしようとする.
大きな組織の解体は簡単なことではない.
赤穂浪士の決起は、公儀の決定は不公平であるとする抗議行動である.
大石は「主君の恨みを晴らす」のでなく、「吉良を殺す」と宣言する.
四十七人は義士ではなく刺客、いわばテロリストだった.

幕府の官僚、柳沢吉保(石坂浩二)と色部又四郎(中井貴一)が面白い.
法に従い処断しながら、赤穂の家臣たちが吉良に反撃することを最初から想定していた.
被害者である吉良上野介(西村晃)は、かくて最後に追いつめられ、浅野内匠頭との確執の原因を話すと言うが、大石に、知りたくないと一蹴される.
討入りはイベントであり、当事者の思いなどとっくに飛び越え、吉良はただ殺される役割(ロール)の執行を要求される.

主君の(原因不明の)行為で、赤穂藩の家来は全員クビになった.
天から降ってきたような災難である.
経営者の無能や政府の無策で倒産した現代の会社員たちに似ている.
そもそも、主君の個人的な恨みごとは、家臣にとっては他人事である.
しかし武士の主従関係は、それを役割として連動する.
世間は仇討ちを熱望した.
浪士たちは武士という名のロールを遂行した.
命を放りだしてこうすると決めた人間たちに、時の幕府権力はなす術がなく、結局、四十七人は思い通りに死んだ.
井上ひさしは「不忠臣蔵」で、浪士に参加しなかった人間たちの悲喜劇を描いたが、
社会が喝采するイベントの胡散臭さと、死を交換することへの熱望が、くり返しこの実話を再現させている.


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