錆びたナイフ

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2013年5月26日
[本]

「ドレの旧約聖書」 挿画:ギュスターヴ・ドレ

「ドレの旧約聖書」


天地創造の第一日に神が、光あれ、とのたもうた.
宇宙を統べる4つの力のうち、分子や化合物を作るのは電磁気力であり、その力を伝達するのは光子である.
生命は光で成り立っている.

大友克洋を思わせる精細なドレの挿画は、一度見たら忘れられない.
死屍累々の世界に、敬虔と畏怖が同居している.
神は、アダムとイブ以来、人間に手を焼いた.
彼らは創造主の言うことを聞かない.
どうして林檎を喰べたのかと問えば、アダムはイブの所為だと言い、イブは蛇の所為だと言う.
この、しょーもない根性は変わることなく、
やがて神はノアの家族と選ばれた生き物を残して、生命のリセットを試みた.
いわばウィルス駆除のOS再インストールである.
しかし神はこのノアの洪水を1回きりとした.
自分が造った人間たちの所業を、半分あきらめたのか.
しからば見込みのある者を救おうと、
モーセをシナイ山に呼び出し、ことこまかな契約を結んだ.
私を恐れ信じ律法を守れば、お前たち(だけ)を助け繁栄させよう.
イスラエルの民は「約束の地」カナンへ向うが、
彼らがその地で安住を得ようとすることは、先住民族たちとの間に争いを引き起こした.
紆余曲折するその長い争いは、この書にあるとおり、人間の妬みと奸計、支配と殺戮の歴史である.

イスラエルの民は、神との約束をすぐ忘れる、何度も忘れる、こんな災難があるなら神もホトケもあるものかと言う.
「神の言葉を聞け、ソドムの王の跡継ぎよ、ゴモラの民よ、金や銀、尽きぬ財宝に溢れる国よ。地を軍馬が、無数の戦車が覆う国よ、偶像に溢れ、手が指が形作った物を崇める国よ。人間を、落とし卑しめる国よ。」(イザヤ書)
「だから嗚呼イスラエルよ、私がこれからお前達に対して実行することの数々。覚悟せよイスラエル、お前達が出会う相手は、お前達の神であると。」(アモス書)
神は幾度も預言者を派遣し、信心が足りないと怒った.
この神(ヤーヴェ)は、ギリシャの神々のような茶目っ気は更々なく、荒ぶる神であり、カインとアベルにしたように不平等で気まぐれで怒りっぽい.
悪魔に見栄を張って、神が敬虔なヨブに災難をふっかけた時、
なぜこんなことをするのかとヨブが神に問うと、
「誰が雨を、霜を、霰を創ったか。お前が雲に呼べば洪水が起こるか、稲妻が答えるか。鷹にその翼を以て南に飛ぶことを教えたのはお前か。」(ヨブ記)
と、トンチンカンな返答をする.
ヨブはひたすら畏まる他はない.

「こうしてヤコブ=イスラエルの民は、身も心も散り散りとなりながら、ある者は神を忘れ、ある者は頑なに律法を護り、あるいは神を想う姿そのものを大きく変えて、それぞれがそれぞれの生をそれぞれの地で生きていった。かつて民を導き民の危機を救ってくれた預言者も現われなくなって既に久しく、月日が過ぎ、そして月日が過ぎていった。」(マカバイ記)
さらにかの予言者が現れてから2013年たつ.
神の声はさらに間遠になり、
人間は見捨てられたのか、畢竟、これが「善し」とした世界なのか.
最後の審判はもうとっくに終り、今は歴史以降(ポストストーリア)と呼ばれている.


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