錆びたナイフ

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2013年5月22日
[映画]

「必死剣 鳥刺し」 2010 平山秀幸

「必死剣 鳥刺し」


原作は藤沢周平の短編.
冒頭、藩主一行が能を観劇しているところからはじまる.
舞いが終って廊下を下がる側室に、家臣である主人公(豊川悦司)が近づき、脇差でスッと胸を突く.
息をのむほど鮮やかな展開.
妻に先立たれたこの男、いわば死地を求めて、悪評高い側室を暗殺した.
ここから先、男が想像しなかった余命が始まる.
藩内の暗闘に利用され延命され、やがて惨劇で終る.
閉門中もひたすら男の世話をした亡妻の姪(池脇千鶴)
この一人の女にわずかの希望を託すように話は終わる.
何かに耐えるように日常を生きた.
やがて来る死闘がその解放であるはずはないのだが、
藤沢周平の女たちは、それしかないと思っている男たちに、寄り添っている.
男の必殺剣は地雷のように炸裂したが、
寡黙なこの男、束の間でもこの世に生きる意味を見出したのだろうか.

時代劇の魅力は、登場人物の言葉使いと立居振舞いにある.
武士たちの丹精で訓練された所作には、ある種の開放感があり、
襖を開いて部屋に入り襖を閉じる一連の動作に、ホレボレしてしまうのはなぜだろう.
畳を滑る足袋の音、袴の裾を捌くシュッという衣擦れの音.
この監督の時代劇を作る力量はずば抜けている.

藤沢周平の秘剣シリーズ
剣の道で一頭秀でた人物が、黙々と平凡に生きながら、ある日不意に、藩命や止むに止まれぬ事情で手強い敵と闘う.
武士たちは、死ぬかもしれないという思いに、どうやって立ち向かうのだろう.
彼らは、普段剣の修行に精進しながら、人を斬ることあるいは人に斬られることを覚悟するのだろうか.
すると日常生活は、限りなく危うく、同時にかけがいのないものに見えるだろう.
もはや死を賭すことでしか、ヒトの想いに届かない、と思い定めた男たち.
時に猛烈に時代劇を、藤沢周平を渇望する所以である.


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