錆びたナイフ

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2013年4月29日
[映画]

「真夜中のピアニスト」 2005 ジャック・オーディアール

「真夜中のピアニスト」


不動産会社でブローカーをしているというが、
不払いの家賃を暴力的に奪い取ったり、空き家に住み着いた住民を脅して追い出したりしている.
暗い眼をした主人公ロマン・デュリス
この男、同僚の浮気のアリバイ作りをしながら、それがその妻にバレて、その上その妻と関係を持ったりする.
父親も同じような仕事をしていて、手に余ると息子に頼ってくる.
仕事の同僚も女も信用していないが、辛うじて父親だけにはつながりを持っていて、文句を言いながら助けている.

ちょっとしたきっかけでピアノを弾き始める.
(母親がピアニストだった)
束の間、音楽にのめり込む
中国人の女子留学生のレッスンを受ける.
(彼女はフランス語を喋れない)
しかし同僚も父親さえも、ピアノを弾く主人公を良く言わない.
人を理解しようとしないことは、暴力と同じだ.
手持ちカメラで叩きつけるような映像
英語の題名は
THE BEAT THAT MY HEART SKIPPED
音楽のビートか、それともぶん殴るビートか.

バッハの音楽は、時代や人種を超えた、それだけの世界を持っている.
それは、人の人生を丸々かっさらうほどの力を持っている.
しかし、ここの音楽は男にとって、まるでたったひとつすがった麻薬のようだ.
ピアノを弾くことで生きる意味を見い出した訳ではない.
この街(パリ)は古い歴史と華やかな商品に囲まれながら、束の間の刺激のほかは何もない.
何処へも行き場がないのは、男の住む世界が使い終わった人間の墓場だからだ.
車を飛ばし、やたらタバコをふかし、ヘッドフォンで「エレクトロ」音楽を聴くこの男の世界に、バッハやヘンデルの音楽がある.
男が相手にするのは、アフリカから来た不法住民や、家賃を払わないアラブ人、マフィアまがいのロシアの富豪だ.
言葉もロクに通じない.
暴力だけが唯一意志を通じさせる手段だ、
音楽なんぞ救いにならない・・と

フランス社会は、どん詰まりを越えて、後戻りのできない解体へ向かっているように見える.
言葉も文化も吹き飛んで、剥き出しの身体性だけが転がっている.
音楽に縋っていることが希望であるかのように見えたら、
それすら幸せなことなのだ.
言葉の空虚と暴力の先に、この男は一人で立っている.


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